第28作「男はつらいよ 寅次郎紙風船


蒼き哀しみの秋月 完全踏破ロケ地調査レポート






     
     


実は、私は、第28作「寅次郎紙風船」のマドンナである倉富光枝さんこそ、寅とお似合いの人だと密かに思っている。
カラスの常こと倉富常三郎テキヤの女房であった光枝さんは寅の苦労も淋しさも分かってやれる数少ないマドンナなのだ。
もちろんリリーも同じように寅の悲しみが分かる人生を送っているのは言うまでもない。

悲しみを背負った光枝さんと秋深い静かな秋月を歩くシーンはこのシリーズの中でも出色の出来栄えだったと思う。


してついに私は今年2017年の4月末、盟友小手寅さん、ちびとらさん、と3人で九州秋月へ調査に行ったのだった。

九州のあらゆるロケ地の中で最も行きたかったロケ地のひとつがこの秋月だった。
長年の私の夢が叶った日だった。







動画: 寅と光枝さん二人の野鳥川と今小路橋 そして西念寺の鐘の音

https://youtu.be/QAkVGr0WJyA






福岡県 甘木市(現在は統合で朝倉市)  秋月

福岡県朝倉市の中心地から北へ約7キロ。
静かな山間の盆地に、秋月城の城下町がある。
鎌倉時代からこの領地を支配した秋月氏16代、
江戸時代からは黒田氏12代が統治した古い城下町。昔ながらの美しい町並み。
国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されている。

歴史的には「秋月」と言えば
明治初期の不満士族の反乱である「秋月の乱」がそこそこ有名で、
私もかつて教室で教えていた。
その秋月に私はやって来たのだ。



野鳥川にかかる優しげな
秋月眼鏡橋をお見舞いを持ってゆっくり渡っていく寅。

                   

家老宮崎織部が長崎の石工を雇い文化7年(1810年)に築造させた石橋。
この橋は我国唯一の御影石(花崗岩)造りの石橋であり県指定有形文化財になっている。




秋月はこのように伝統のある筑前の小京都。

野鳥川沿いの小道、古びた家々が続き、なんとも言えぬ静かな趣がある。
秋月橋の近く、そんな古びた一軒が倉富常三郎の家である。





   秋月 ロケ地完全制覇マップ  赤い●はロケ地 青い●はカラスの常の家 黄緑の線は光枝さんと寅の歩いたところ。


    






  こちらは、秋月の観光課が出しているマップ

  上のグーグルマップと同じ方角にするためにあえて横にしました。
  赤い●印がロケ地。

   






    眼鏡橋を渡る寅。  秋月導入部分。


    





    映画撮影から36年が過ぎ、橋は石畳になり、周りの家家も小奇麗になった。

    






   



    










    




    川底の石たちも36年の歳月の中でほとんど変わっていない。

    





   寅は秋月の町に向かって歩いて行く。


    




    よくご覧いただきたい。映画撮影当時くっついていた『廣久本』看板が現在は手前の電柱に付け変えられている。

    







     




      それゆえに、厳密には 本編の撮影構図は↓がより正しい。看板に惑わされてはいけないのである。

     


廣久葛本舗

十代 高木久助

〒838-0001
福岡県朝倉市秋月532番地


秋月を代表する特産品、本葛を伝統的な製法でつくり続ける創業文政2(1819)の老舗店。


店のHPにはこう書かれている。↓

背後に広がる山、澄んだ空気、清冽な流れ。
そしてその恵まれた環境こそ、本葛(本くず粉)づくりには最適だったのです。
昔、秋月の周辺の野山には至る所に葛が群生していました。
秋月では葛のことを寒根葛(かんねかずら)といい、葛の根を寒根(かんね)と呼びます。
この寒根には良質の澱粉が含まれていて、
この寒根から抜き出した澱粉を幾度となく水でさらしてアク抜きをして純白にしたもの、
それが本葛(くず粉)です。
葛の根からとれる本葛(本くず粉)の量はわずか7〜10%ほど。
百キロの根から7〜10キロ程度しかとれません。
それも、その年の天候によっても左右されます。
台風で葉を落としてしまい光合成が十分にできなかったり、
長雨が続いて日照時間が足らなかった年は、根の澱粉の蓄えが少なく、
本葛(くず粉)のとれる量がさらに減少します。本葛(本くず粉)が別名「白い金」といわれる所以です。
本葛(本くず粉)にはもともと解熱、発汗作用、筋肉や血管の緊張を和らげる働きがあり、
昔から風邪、下痢、肩凝りに効果があるとされてきました。


初代・久助が長年に渡って葛根の良否、製造法について研究を重ね、
ついに純白の本葛を作り上げたことに端を発します。
やがては幕府への献上品となり、江戸市中で「本葛といえば久助」と言われるほど名声を博しました。
原料はすべて九州の山野に自生した天然の寒根葛の根100%。
また合成添加物や化学薬品を一切使わず、安全でごまかしのない品質を追求しているのも、
代々、受け継がれる精神です。


  お店の裏は製造工場で、本葛の根っこが鎮座していた。
  従業員の方が説明をしてくださった。

  100kg.からたった7〜10kg.しか取れないが、このお店では混ぜ物をせず
  九州産本葛100パーセントで作っているのだ。



   指をさしているのは盟友の小手寅さん。

   




    「舟入れ、舟上げ」 を説明してあった。

   







   ちなみに




    この廣久葛本舗の店の中に飾られていた「神棚」を参考にカラスの常の家の神棚は作られたそうだ。

    




    私たちが店内に入って葛切を注文していた時に廣久葛本舗の店の中に飾られていた「神棚」。 これを参考に常の家の神棚が作られた。

    





    お店の中 右から小手寅さん、ちびとらさん、私(吉川)

    










    秋月まり店を通過する寅次郎

    

    秋月に代々伝わっていた博多織の端糸を活用とした秋月まりは伝統工芸品
     


    



   向かいの家に撮影時の面影がほぼそのまま残っている。

   





  現在の手まり店を表から撮影。 もうずいぶん昔に店は閉じてしまっているようだった。本編では店の中から撮影。

   





  そしてさらに町の中に入り、
  井上鮮魚店、江藤商店、坂口薬局 坂口呉服店の四つ角。
  坂口呉服店に併設されているたばこ販売の出窓で常三郎の家への道を尋ねる寅。
  秋月橋の方角を教えられていた。

   




   坂口呉服屋のたばこコーナーと井上鮮魚店は36年経った今も面影が残っている。


  







  




  小手寅さんに寅の真似をしてもらった^^

  







  寅が道を聞いていた坂口商店(坂口呉服店)

    






   カラスの常(倉富常三郎)の自宅はこの秋月橋を渡って川沿いにある。

   


   










  橋を渡ってゆるやかに野鳥川沿いを歩いてくる寅。もう「倉富常三郎」の表札が見えてくる。

  









   ここがカラスの常(倉富常三郎)の自宅。

   










『倉富常三郎』の表札を見ている寅。

ガラッと引き戸が開いて光枝さんが出てくる。


驚く光枝さん

寅「よお


光枝さん「
あら

寅「
やっぱりこの家だったのか

光枝さん「
まあー。ほんとに来てくれたのー

寅「
うん

                   



光枝さん「まあー

寅「
甘木まで来たんでね、ちょっと足伸ばしたよ、うん

寅「
病院はどこだい?

光枝さん「
今、家にいるんですよ。先週退院して

寅「
え!?家にいるのか!あー、そりゃよかった

光枝さん「
喜ぶはー、きっと。さ、どうぞ、汚いとこだけど、さ、どうぞ

入っていく寅。

光枝さんの声「あんたー!ちょっとあんた!」と、はずんだ声。




        




   
 現在は家屋は全て取り壊されて空き地と言うか駐車場になっている。

 






常三郎は寅にある約束をさせる。


常三郎「

寅「
んー…

常三郎「
おまえに頼みがあっとじゃ

寅「
なんだい、なんでも言えや」と、常三郎の横に座る。

常三郎「
おまえまだひとりもんやったな


寅「
おおう


常三郎「万一の話たい。

   万一オレが死んだらくさ、あいつば女房にしてやってくれんと



                   


寅「フフフ、気の弱いこと言うなよおまえ。えー、おめえ、退院したばっかりじゃないかよ

常三郎「
だけん、万一ち言うとるじゃなかか。な。頼む。約束ばしちくれ」と頭を下げる常三郎。

戸惑う寅。

常三郎「
あいつが、オレが死んだ後にさ、知らん男に抱かれるかち思うと、夜でんオチオチ眠られんとよ

寅「
情けない男だなあ〜…

寅、笑いながら、落ち着いた表情で

寅「
分かった。約束するよ。その代わりお前死んだ後も未練たらしく化けてでてきたりすんなよ

常三郎「
そら、出てくるかもしれんばい

寅「
ハハハ、苦労が多いな、若いカミさん持つと



常三郎が横になった後、なにげなく壁を見渡していく寅。

ふと向こうの壁になにかの拓本が貼り付けてある。



                   


そこには北原白秋の『帰去来』の詩が貼ってあったのだ。


帰去来

山門は我が産土、
雲騰る南風のまほら、
飛ばまし、今一度。

筑紫よかく呼ばへば、
恋ほしよ潮の落差、
火照沁む夕日の潟。

盲ふるに、早やもこの眼、
見ざらむ、また葦かび、
籠飼や水かげろふ。

帰らなむ、いざ鵲、
かの空や櫨のたむろ、
待つらむぞ今一度。



山門柳河は私の生まれ育った故郷、

雲は湧き、南風がここちよく吹く

まほろばの地だ。

ああ、最後に今一度、

あの地へ飛んで帰りたい。


筑紫よ、

この名をよべば、干満の差が激しい、

炎のような夕映えの有明の海を思い浮かべるのだ。

私の目は冒され、水辺の葦や、籠飼や、そして水かげろうも、

もう見ることはできない。


それでもいい。 帰りたい。

鵲が空に舞い、そして櫨の木が待っているあの地へ。

故郷やそのころ一緒に遊んだ子らたちも老いてしまった。

長い歳月故郷に帰らず、疎遠のままであったのに、

子供のようにこんなに思いを馳せるのはどうしたわけであろうか。
 




                   



これは山田監督のお父様の歳晩年の寝室に貼ってあった白秋の詩。
白秋も山田監督のお父様も、望郷の念は年々募るばかりだったのだろう。
常三郎の故郷を愛する気持ちは地球の果てで故郷を想う私には痛いほどわかる。

白秋はこの詩を発表して翌年この世を去る。









秋月 ロケ地完全制覇マップ  赤い●はロケ地 青い●はカラスの常の家 黄緑の線は光枝さんと寅の歩いたところ。







こちらは、秋月の観光課が出しているマップ

上のグーグルマップと同じ方角にするためにあえて横にしました。
赤い●印がロケ地。











そのあと・・・・




寅は光枝さんに送られて秋月中学校の前の道を歩いて行く。
この通り『杉の馬場』は現在の秋月観光のメインの道になっている。
この上に行く坂道は「瓦坂」と言う。


    






     



  3人で、本編構図で記念撮影

  




   






   光枝さん「うちの亭主この中学校を出たんだって

   寅「
へ〜〜、こんないい学校を出たのか





   



   




   中学校の木造校舎跡のアングル 手前の坂は「瓦坂」で、雨による土砂の崩れを防ぐため、土に瓦が埋め込まれている。

   







       


寅「野郎・・・もうちょっとしっかり勉強すりゃあ・・・ちっとはましな人間になったのになあ」

光枝さん「ふふふ」

寅「そっか、人のこと言えた柄じゃ ねえか、はははっは」

光枝さん「ふふふふふ」





   





   





   






   






正面の坂を上って正門をくぐり、校庭までの坂を上って行くと、今もなお木造校舎が建っている市立秋月中学校だった。感慨深い。






寅「ねえさん、この土地の人かい?

光枝さん「
ううん、私は東京の生まれ

寅「
東京かあ・・・・

光枝さん「ふふ・・・いろいろわけありでね










    秋月郷土館の正門が映る


   





  








    




     映画撮影当時は正門内側から見た道向こうは民家だったが、今はおしゃれなお店になっている。歳月だなあ・・・

    








第17作「夕焼け小焼け」の龍野でのテーマ曲が流れる。


                   



秋月ロケで最も美しいカットはこれ。
夕方が近い野鳥川の小道を歩く光枝さんと寅



     




  本当はカメラ位置はもう少し白壁に近い先なのだが、

  木が邪魔をして写せないのと川の形が変わり、足場がないので、あえて少しだけ引いたアングルで紹介する。


  





   もう少し引くとこんな感じになる。


  




    最高に引いたらこうなる。

    




    寅と光枝さんの歩く場所にあった大きな銀杏の樹木は現在もあるのだが
    二人の近くに見えている土の塀は撮影時に見物客が押し寄せて塀を半ば潰してしまったそうだ。

    





     上記のごとく撮影時に見物客によって壊れてしまった廣久本葛さんの塀が新たにその後
    野鳥川の近くで建てられたので、外からは見えにくくなった。
    この写真のように敷地内の塀に囲われてしまっている。


     




    白鷺も野鳥川のそこかしこにいる。

    






寅「まあ、なんか困ったことがあったら、オレの家へ手紙よこせよ。
  オレは時々連絡してるから。な



光枝さん「
どうもありがとう


寅「
うん

                   



寅、ちょっと立ち止まって、


寅「
体だけは大事にしろよ


光枝さん「
うん

寅「
なに、常のやつだって病気が治りゃ、一生懸命働いて、あんたのこと楽にさせるよ。
 あいつは芯からあんたに惚れてるから。フフフ



光枝さん「
フフフ




    




    






    


      





西念寺近く

野鳥川にかかる小さな
今小路橋のたもとで



寅「さ、もうこの辺でいいよ。あんまり長いとあいつまたやきもち妬くから、フフ

光枝さん「
じゃあこれ、つまんないもんなんだけど」とお土産を渡す。

寅「
あ、そうかい

光枝さん「
今日はほんと嬉しかった。寅さんが来てくれて

寅「
うん



    




   




光枝「それじゃ

寅、歩きかける。

戻っていく光枝さん。




しかしすぐ、光枝さんは歩いていた足を止めて、

少し、躊躇し、

走って戻ってくる。

それに気づき、光枝さんを見る寅。




光枝さん「寅さん、ほんとは…私だけの秘密にしておこうと思ったんだけどね

寅「
なんだい



    




  







光枝さん「実はね…

光枝さん、寅を見つめて

光枝さん「
うちの亭主、もう長くないの



    





寅、厳しい目で光枝さんを見る。






     




光枝さん「今度退院したのもね、病院が見放したからなの。あんまり帰りたい帰りたいって言うもんだから。
      医者が好きなようにさえてやんなさいって、そう言って…


寅、ゆっくりしゃがんで

寅「
で、…いつまで

             



光枝さん「たぶん…、今月いっぱいは無理だろうって…

寅「


光枝さん「
傍目にはそうは見えないのにねえ…。

      医者の言うことって案外当たるんだってね。


          



      だから・・・
      寅さんは、亭主に会いに来てくれた最後の友達よ



   と、見る見る涙が潤んでくる光枝さん。





    


                   

頭を下げながら

光枝さん「ありがとう」と言って


声を上げて泣きながら小走りで来た道を戻っていく。



    







光枝のテーマが悲しげに流れる。


                   
      






小さくなっていく背中からいつまでも小さくすすり泣く声が聞こえてくる。


  

      




  






西念寺の鐘  ゴーン




ただ呆然と光枝さんの背中を見て立ち尽くし続ける寅だった。


  

    










以上、『蒼き哀しみの秋月』 完全踏破レポートでした。













動画: 寅と光枝さん二人の野鳥川と今小路橋 そして西念寺の鐘の音

https://youtu.be/QAkVGr0WJyA





   秋月 ロケ地完全制覇マップ  赤い●はロケ地 青い●はカラスの常の家 黄緑の線は光枝さんと寅の歩いたところ。

   





  こちらは、秋月の観光課が出しているマップ

  上のグーグルマップと同じ方角にするためにあえて横にしました。
  赤い●印がロケ地。

   











次回は同じ第28作紙風船での『愛子と寅の旅』、全踏破レポートです。
2017年9月中旬ごろになります。