第28作 男はつらいよ寅次郎紙風船
寅を本気にさせた『笛の音の人』
実は、私は、第28作「寅次郎紙風船」のマドンナである倉富光枝さんこそ、寅とお似合いの人だと密かに思っている。
カラスの常こと倉富常三郎テキヤの女房であった光枝さんは寅の苦労も淋しさも分かってやれる数少ないマドンナなのだ。
もちろんリリーも同じように寅の悲しみが分かる人生を送っている。
いくら寅がマドンナに優しくしても、所詮は棲む世界が違うっていうのがこのシリーズのいつものパターンなのだが、
リリーや、光枝さんは寅と同じ裏街道をゆくマドンナなのである。早く言えば堅気じゃないのだ。
寅を好きになった美しいマドンナはいろいろいるが、本当に寅と結婚したとしたらとじっくり考えると、
どのマドンナも実は長く続かないような気がするのだ。寅のフーテン気質が悪いのだが、こればっかりは仕方ない。
リリーはもちろん最愛の女性だから、くっついたり離れたりしながらも一生を共に暮らすことは
何とか想像できる。縁が誰よりも深い。
そしてもう一人、リリー以外に最強の女性がいるとしたら、あの笛の音の人。倉富光枝さんだ。
★テキヤの女房。それも青春時代はリリーや寅と同じ不良娘。ここは意外に大事。
★カラスの常こと常三郎はかなりの博打極道だったので、寅くらいの極道なんてまったくへのカッパ。
そんな世の中の酸いも甘いも全て噛みしめて味わってきた光枝さんなら、寅とはうまくいく。
なによりも寅と同じ仕事をしていたので、結婚してからも二人して仕事が出来る。それゆえすれ違いが無い。
問題は一つだけ。
たった数ヶ月前に常三郎を亡くしたばかりの光枝さんが、果たして寅に対して密かな恋心が
あったかどうか、この一点にかかっている。
しかしこれは果てしなく微妙なのだ。詳しくは本編で。
前にも書いたが、あの柴又駅前での別れ際のあの彼女の目、そして表情がどうも見る度に気になってしまう。
そして最後に光枝さんの背中を見つめる寅の目。あの目は他のどのマドンナにも見せたことの無い、
怖いくらいの迫力を秘めた力のある目だった。あれは寅が一番浮ついていない時の目。
現実的なことをリアルに考えている、一番本気の時に見せる強い目だ。
山田監督はどう言う気持ちであの光枝さんの表情、そして、あの寅の最後の目を演出されたのだろうか。
どうしても本音を聞いてみたい…。
ところで、第28作「寅次郎紙風船」は、光枝さん以外にもう一人魅力的な女性が登場する。
18歳の家出娘の愛子だ。
彼女のキャラは凄い。すさまじいと言ってもいいだろう(^^;)
とにかく寅と一緒に相部屋で寝ようとするのだから。前代未聞である。寅とのやりとりがもう絶妙である。笑いが止まらない。
寅もタジタジ。寅の前で足をバタバタさせもう暴れ放題だ。
テキヤの商売も結構上手。サクラもバッチリこなす。
船越パパやリリーも顔負けの名サクラだった。
常三郎のことで落ち込んだ寅を笑いで元気にさせるのも愛子なのだ。
そんな無敵の愛子も、実は淋しい心を持っている。家では誰も相手をしてくれないのだ。
頼りの腹違いの兄は遠洋漁業でずっといない。
その遠洋漁業の腹違いの兄貴がとらやに愛子を連れ戻しにきて店で大喧嘩。
ラストで寅は愛子に会いに行く。
兄貴の遠洋漁業の出港に立会い、
寅「酒もするなー!博打もするなー!可愛い妹が待ってるぞー!」
愛子「ハハハ!」
愛子「兄ちゃーん!、お兄ちーゃん!!」と笑いながらも別れの涙を流す愛子。
愛子はさくらで、さくらは愛子なのだ。
そして、もうひとつ私にとって第28作「紙風船」と言えば忘れられないシーンがある。
カラスの常こと恒三郎が寝床の壁に貼ってあったあの北原白秋の「帰去来」の詩。
山田監督のお父上が亡くなられた時、自宅の寝室の壁に寝床から見れるようにあの白秋の詩が貼ってあったらしい。
山田監督はお父様の望郷の念を感じ、涙を流されたそうだ。
白秋もまた、死の前年にこの詩を作り、故郷の柳川に思いを馳せたのだった。
この作品には山田監督のそのような想いが託されている切ない作品でもあるのだ。
帰去来
山門は我が産土、
雲騰る南風のまほら、
飛ばまし、今一度。
筑紫よかく呼ばへば、
恋ほしよ潮の落差、
火照沁む夕日の潟。
盲ふるに、早やもこの眼、
見ざらむ、また葦かび、
籠飼や水かげろふ。
帰らなむ、いざ鵲、
かの空や櫨のたむろ、
待つらむぞ今一度。
故郷やそのかの子ら、
皆老いて遠きに、
何ぞ寄る童ごころ。
それでは本編をご覧下さい。
@【はじめて同窓会に参加する寅】
寅の夢から
テレビである女優さんがぺらぺら早口でしゃべりながら料理番組をしている。
【問題】中級
この女優さんはこの「男はつらいよ」シリーズのある作品でマドンナの友人を演じていた方です。
さて第何作に出演されていたなんと言う名前の方かお分かりでしょうか?(^^)
ヒント:この方は実はこの作品を入れるとこのシリーズ3作品に出演されているんです。前の2作品は同じ人の役です。
まあ、もっとも2作品目はセリフ無しでした。
TBSラジオの「ザ.パンチ・パンチ・パンチで『お相手はあなたの
モコ ○○ ○子 でした』って言いながら、
ラジオのパーソナリティなどで活躍されていたそうです。
そこへ車寅次郎医学博士の
ノーベル医学賞受賞の知らせが字幕で流れる。
車総合病院
手術後忙しそうに廊下を歩く車教授。
車教授「なんだこの騒ぎは?」
さくら「お兄様、ノーベル賞受賞おめでとうございます」
一同「おめでとうございます」
車教授「なんだそんなことか…」
マスコミが群がってきて、取材攻め。
岸本加世子さん演じる看護婦さんが今後のスケジュールを言い渡す。
看護婦「先生、これからの予定ですが、記者会見の後、スェーデン大使館で授賞式の打ち合わせ。
続いて総理官邸で祝賀晩餐会。そのあとNHKのテレビ録画。そして加世子の子猫の館で岸本加世子さんと…」
超ハードスケジュールで忙しそうな車教授だった。
そこへ昔の恋人が子供の命を助けてほしいと泣きついて来たのだ。
今回のマドンナの音無美紀子さんが早くも夢に登場!
これは、前作第27作でマドンナの松坂慶子さんが登場したのと同じパターンだ。
しかし、このパターンも第29作以降は採用されなくなったので、第27作と第28作の
夢は今となっては貴重なものとなったのだ。
音無さん「車先生!お願いします!この子の命を!」
タコと源ちゃんは彼女を蹴散らそうとするが、
車教授は…
車教授「あなたは…」
音無さん「寅次郎さん…、お久しぶりでございます」と深々とお辞儀。
車教授は彼女を見ながら
はるか昔二人がまだ若かりし日のことを思い浮かべるのだった。
カメラは珍しく、寅の顔をゆっくりズームにして行く。
セピア色のスクリーン。
軽井沢の別荘地
学生服の寅。
愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」が流れる
作詞:西條八十 作曲:万城目正.
花も嵐も 踏み越えて
行くが男の 生きる途
泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
月の比叡を 独り行く
音無さん「お願い、わかってちょうだい」と泣いている。
寅「…」
音無さん「私が結婚しないと、パパの病院が倒産してしまうのよ…」
寅「それじゃ君は、僕よりパパの病院のほうが大事なんだね」
音無さんハンカチ顔を押さえて泣きながら
音無さん「寅次郎さん、どうしてわかってくださらないの…ううう」
寅「わからない。そんなバカなことは僕にはわからない」
もう一度寅を見つめて
音無さん「さようなら」と駆けていってしまう。
音無さん、立ち止まって
音無さん「立派なお医者様になってちょうだいね…ううううう」
寅、振り返り、彼女の後姿を追っている。
で、現在に戻って
車教授「大丈夫、この子の命はきっと私が救います」
音無さん「ありがとうございます」と泣きながらお辞儀。
車教授「博君、すぐ手術の用意を」おいおい何の病気かもわからないうちにヾ(^^;)
博「そんなバカな、これからノーベル賞の記者会見が…」
車教授「バカもん!この子の命と、ノーベル賞とどっちが大事か、
そんなこともわからんのか君たちは!もう!」
大勢の医者や看護婦たちが一斉に壁に手をあて、ミュージカル風に勢ぞろいで恐縮している(^^;)
一同深々と頭を下げる。
手術が始まる
なぜかナイフとフォークを持った車教授は、
体内にあるとんかつを汗をかきかき切りはじめる(^^;)
…と、言うばかばかしい夢(^^;)
夢から覚めて
福岡 久留米 鳥栖(とす)駅前
食堂「東京屋」で夢から覚める。
安食堂『東京屋』
タタミのある食堂
とんかつ定食を食べた後に転寝をしている。(ここで夢と繋がっているわけだね(^^;))
女店員に起こされて勘定をして出て行く。
とんかつ定食とお銚子で490円はいくらなんでも安すぎる(^^;)
外ではサンドイッチマンが「新装開店パチンコノーベル」の看板を掲げて歩いている。
寅が歩いていく。
「東京屋」を出て、鳥栖駅のほうへ歩いていく寅。
サンドイッチマンに何か話しかけている。
現在の『鳥栖駅』 当時とさほど変わっていない。
小さな北九州の田舎町である。
タイトル
男(赤)はつらいよ(黄)寅次郎紙風船(白)映倫118637
江戸川土手
寅がまたも故郷柴又に帰ってきた。
江戸川土手を歩く寅。
口上「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、
人呼んでフーテンの寅と発します。
♪どおせおいらはヤクザな兄貴 わかっちゃいるんだ妹よ
いつかお前が喜ぶような 偉い兄貴になりたくて
奮闘努力の甲斐もなく 今日も涙の
今日も涙の陽が落ちる 陽が落ちる♪
♪どぶに落ちても根のある奴は いつかは蓮の花と咲く
意地は張っても心の中じゃ 泣いているんだ兄さんは
目方で男が売れるなら こんな苦労も
こんな苦労もかけまいに かけまいに♪
今回のミニコントは、河原を歩いている寅が空き缶を踏んで滑ってしまい、
怒ってそれを投げたら、カップルにあたり、怒るカップル。
運の悪いことにその直後にも飛んできたサッカーボールを蹴った寅が痛がって同じカップルの
間に倒れ込んでしまい、またもやカップルは怒ってしまう。
寅がサッカーーボールを蹴るのは第2作「続男はつらいよ」でも見られる。
帝釈天参道をさくらがとらやに向かっている。
とらや 店
とらやの店内に『おはぎ』の貼り紙。
その、おはぎをとらやで食べているタコ社長。
タコ社長の同級生の工場が倒産したらしい。
その工場で作っていた大量に売れ残った偽物のコンピューターゲーム機で遊んでいる満男
さくら「まあ、珍しい、社長さんがおはぎなんか食べて」
社長「ははは、毒だとは分かってんだけどね」
社長は、このような倒産後の売れ残り品は駅前で寅のような者が売り歩くのだと語る。
おいちゃんはため息をつきながら
おいちゃん「こんなおもちゃひとつにも悲しい話がいっぱいあるんだ…」
おばちゃん「そういえばどうしてるかねえ、寅ちゃん」
社長「どっかの田舎町でこんなおもちゃでも売ってんじゃないか」
下を向いて兄のことを静かに想うさくら。
おいちゃんは寅に来た柴又小学校の同窓会の知らせをさくらと相談している。
そこへいつものように決まり悪そうに古新聞回収の軽トラックに隠れながら
やってくる寅の姿があった。
車が行ってしまって隠れるところがなくなりおろおろする寅。
さくら、笑いながら
さくら「お兄ちゃん」
さくら「よお」
おばちゃん「寅ちゃん」
寅「おう、みなさんお揃いで」
みんなで挨拶。
寅は満男にお土産を買ってきてやったとニコニコ顔。
満男に背を向けながら紙風船を膨らます。
振り返って
寅「これいいだろ!ほら」と、紙風船を満男に渡す。
満男「なにこれ??」と不可思議な様子( ̄ー ̄?)
寅「え?…」
さくら、超敏感に察知して
さくら「紙風船よ」
おばちゃんもすぐさまフォロー
おばちゃん「きれいね」おばちゃんGJ(^^;)
さくら「ほら、こうやって遊ぶのよ」と紙風船を手のひらでつついて遊ぶ(^^;)
さくら、気を使うね〜。
寅、微妙ォ〜に機嫌が悪くなっている。
社長「薬屋の広告入りか、安く上げたな、寅さん、ハハハ」と、
寅の肩をポンと叩いて笑いながら出て行く。
むかついて振り返える寅。
おばちゃん「ほっときよ、あんな男の言うことは」
寅、そうとうむかついている。
おいちゃん「こういうのをほんとのおもちゃって言うんだよ」と気を使って紙風船を両手で持つ。
さくら「そうね」とチラッと気を使って寅のほうを見る(^^;)
それでも機嫌がよくならないので
おいちゃん「懐かしいなあ〜」と手でついて遊び始める ああ…おいちゃん…(T▽T)
おばちゃん「楽しいねえ〜」おばちゃん…(T▽T)
さくらとおいちゃん、ついにダメ押しのラリーを始める。
満男「そんだけ?」とポツリきつい言葉(^^;)
ラリーをしながらすばやく満男の頭を軽く叩くおいちゃん。
もの凄い離れ業!
おいちゃんの手に注目!
おいちゃんにタッチされ、頭に手をやる満男
さくらは、なんと、おいちゃんとラリーをしながら寅にしゃべる。
さくら「お兄ちゃん、お茶にする?」これまた離れ業!難度E
おばちゃん「それともお腹すいてるかい?」
さくらとおいちゃんのラリーはなんと9回も続く。
これはリハーサルがんばっただろうなあ…。
ちなみに脚本(決定稿ではなく改定稿)にはこの長いラリーはない。
現場で反射的に決めたのだろう。
倍賞さんの表情がなんとも可愛い( ̄▽ ̄)
寅「いや、いいです、わたくしこれで失礼します」その言い方なァ(^^;)
おばちゃん「何言ってんだよォ、今帰ってきたばっかりじゃないか」
と、寅のかばんを押さえる。
さくらたち、ラリーを中断して
さくら「…」
寅はぶつぶつ言うが、さくらはなんとか引きとめようとする。
しかたなく、話を他にふるためにさっき話題にしていた柴又小学校の同窓会のことを寅に伝えるのだった。
さくら「あ、そうだ。同窓会があるのよ」
おいちゃん「そうそう」
寅「同窓会?」
おいちゃんから渡された同窓会の案内状を読んで、少し機嫌が直る寅だった。
さくらは満男に寅は柴又小学校の先輩だって話をする。
おばちゃん「ちゃあんと卒業したんだもんね」褒め言葉になってない ヾ(^^;)
寅、しみじみと、
寅「そうだよおばちゃん、
オレあの六年生の終わりのときはがんばったからなあ〜」
一同うなずく。
寅「大変だったから、うーん」
寅「満男、おまえもちゃんと勉強しないと卒業できないぞ」
さくら「そうよ、遊んでばっかりいて」
寅「遊んでばっかりいるんだろこれは」
さくら「フフフ」
満男、ふくれて
満男「誰だって卒業できるんだよ、小学校は」あちょー、座布団一枚(^^)
寅「なに?なんだおまえ」とぶつぶつ。
すかさずおいちゃんがフォロー
おいちゃん「そうじゃないんだ満男、
そりゃな、普通の人間ならば卒業できるのが
当たり前だけども、
このおじさんがこの頭で卒業するのは
並大抵の努力じゃなかったんだ。
それを考えなくちゃ」とせつせつと教える(TT)
おいちゃんの言葉全くフォローになってません ヾ(^^;)
寅「そうだよ、バカ」寅気づけよ ヾ(−−;)
さくら「満男、がんばんなくちゃ」さくらまで ヾ(^^;)
おいちゃん「ん」
寅「もう、噛んで含めて
言ってやらなきゃ分からないんだから、
まわりのまともな人間はくたびれちゃう」
しきりに頷くおいちゃん.。ずっと気を使うね〜(^^;)
ふてくされて風船を両手に挟んでぺっちゃんこにしてしまう満男。
ようやく機嫌よく二階で一休みする寅。
そうは言ったものの、立派な堅気の集まる同窓会に
フーテン暮らしの寅が出席することの危うさを
感じてしまうおいちゃんとさくらでもあった。
川甚 玄関
柳と茂が同窓会会場の『川甚』にやって来るが
受付で寅のことを二人して嫌がっている。
受付名簿見て
柳「車寅次郎ー、いたいた!」
すみ子「フフ、あの不良にはずいぶんいじめられてたわよねー」
茂「んー」
柳「まさか来るんじゃないだろうな?」
安男「いや、来ないでしょ」
茂「ほら、今でも行商やってんだろ」
安男「そう」
茂「家にいたためしがねえんだから」
柳「そんならいいけどな。オレはあいつの四角い顔思い出すだけでも
不愉快になるんだよ」
一同「ハハハ」
茂、安男(東八郎)に向かって
茂「おまえなんかいじめられたクチだろう」
安男「ん、あいつの顔見るの嫌でよ、オレはずいぶん学校休んだよ」
そこまでいくと、笑えないいじめ問題だね(−−;)
柳「もしあいつ来たら今日オレ帰るからね」
柳は第12作「私の寅さん」に登場するあの柳文彦と同じ設定のように一見見えるが
寅に会いたがっていないし、寅がやって来たら帰るとまで言っているので、別人だと
思われる。第12作の柳文彦なら寅に会いたがるはずだからだ。
同じ柳だし、同じ前田武彦さんだが、人物は似て非なるものだと考えて良いだろう。
だいたい柳文彦のあだ名が第12作では『デベソ』なのに対して、この第28作では
『かわうそ』になっている。山田監督は同じ前田武彦さんなので柳にしてしまったのだが
実は別人なのだ。だからこそ「車寅次郎ー、いたいた!」なんて何十年も会っていない
設定になっているのだ。実にややこしい…、柳ではなく、別の名前にしたら混乱しないのに
なんて思ってしまう。
『かわうそ』とはご存知の方々も多いと思うが前田武彦さんの本来のあだ名である。
ちなみに、脚本では柳のあだ名は「ひょうたん」になっていた。
茂は、同じく第24作「春の夢」で登場する大工の棟梁の茂だと思われる。これは第24作でも
寅にいろいろいじめられていたので、こちらの方は同一人物だと考えていいと思う。
なぜこうもくどくど書くかと言えば、私はあの第12作のお人好しの文彦が好きなのだ。
それゆえ、あの物語の思い出を崩したくないのだ。
で、物語に戻ろう。
とにかく寅が来ないことを祈っている彼らの元に、寅がノコノコやってくるのである。
寅「ヒヒヒ、いたいた。おい、御一統さん。茂」
茂「よう」
寅「棟梁、どうした、は、相変わらず材料ごまかして儲けてるか」 やばいよヾ(^^;)
茂「バカヤロウ、なに」
寅「ヘヘへ、お!お!」と柳の方を見て
寅「かわうそ!カハハハ!かわうそ!オレだよオレだよ寅だよ寅だよ忘れたかおい」
と柳やすみ子をからかった後、安男に向かって
寅「シラミ、シラミ猿。なんだおまえ生意気に背広なんか着やがって。
へえ〜、まだシラミいるか?」凄いあだ名だねえ(^^;)
安男「もうそんなのいないよフフ」
寅「ヘヘへ」
と、こういう調子で会場の中へ入っていくのだが、その先がどうなっていくかは
だいたいの想像はできるのである。
案の定寅は、みんなにさけられ、煙たがられ、淋しい思いをし、
最後、安男に付き添われてとらやにぐでんぐでんになって
戻ってくるのだった。
とらや 店 深夜
さくらや博が止める中、寅ベロベロ口調になりながら安男相手にくだをまく。
仕事をしに、家に戻ろうとする安男を止めて
寅「今夜は夜通し飲むんだ!安男!おまえここにいろ!」
安男「家に帰ってアイロンかけなくっちゃいけないんだよ」
寅「いいんだよそんなもんかけなくたって!」
安男「そうはいかないんだ明日の午前中届けるって約束してんだから」
博「兄さん、お店の仕事は大事ですから」
さくら「どうぞもう」
寅「店なんかどうなったっていいんだよおまえ。
へへへ白鵬舎だ?チッ、そんなおまえケチな店の一軒や二軒
潰れたって世間は痛くも痒くもなんともないよ!ねー!潰しちゃえ」
それを聞いておとなしい安男も遂に切れる。
安男「しかしなあ、寅ちゃん、今の言い方はちょっとひどいんじゃないか」
寅「なんだおまえ、文句あんのかおめえ」
さくら「ごめんなさいね」
博「酔ってますから」
安男「いや、いいんです。ちょっと言わせてください!」
一同緊張が走る。
安男「そらな、オレの店はよ、間口二間のケチな店だよ。大型のチェーン店が出るたんびに
売り上げが落ちて何べんも店をたたもうと思ったんだよ。
でもな、そのたんびに、女房や娘が「父ちゃん、頑張ろう。オヤジから受け継いだこの店を
なんとか守っていこう。そんなふうに言ってくれてな…。歯を食いしばって、沈みかけた船を
操るように今日までやって来たんだよ」
寅「おまえ、いい、酒飲め今夜はよ」とベロンベロン
安男、寅の手を振り払い、立ち上がって
安男「終わりまで黙って聞け!!」
寅「…」
安男「お前今なんて言った?俺の店が潰れても世間様は痛くも痒くもねえだと!?
いいか、オレにだってな、お得意はいるんだお得意は!オレの洗ったシーツ出なくちゃ困る。
オレがアイロンかけたワイシャツじゃなくちゃいやだ。そういう人がね、何人もいるんだよ!
商売ってのはな、そういうもんなんだ。団子屋さんだっておんなじでしょ」
おいちゃん、茶の間から
おいちゃん「そうですともそうですとも」
安男「そのへんの気持ちがお前みたいなヤクザな男にわかってたまるか」
寅「…」
格好は酔いながらも安男の言う事が染み入っているようないないような寅。
安男「どうも…失礼しました」
さくら「すいませんでした」と深くお辞儀
安男に言われた事を聞いていないようなふりをして、博を酒に誘うが、さくらも博も
聞かないふりをして帰っていくのだった。
一人残った寅は電話の横の上がり口で横になってそのままごろ寝をしてしまう。
なんだかみんなに煙たがられて淋しげな寅の寝顔だった。
身から出た錆とはいえ、寅は孤独なのだ。
そばに転がる紙風船…。
A【傷心の寅と愛子との出会い】
翌朝 さくらの家
柴又5丁目38−4
さくらとおばちゃんが電話している。
寅は早朝に旅に出てしまったらしい。
さくら「え?もう出てっちゃったの?いつ?」
おばちゃん「私が目覚ました時にはもういなかったんだよ。ゆんべ掛けてやった毛布きちんとたたんでさ」
さくら「そう…」と淋しい寅の心を考えている。
おばちゃんの声「もしもし…もしもし」
さくら「はい」
おばちゃん「今も話してたんだけどね…、同窓会できっと…、惨めな思いをしたんだよ…。
可哀想に…行かせなきゃよかったね。そんなとこ…」
さくら「しかたないわよ、済んじゃったことだもの」と、自分に言い聞かせるように…。
電話を切り、外に出て空を見上げるさくらだった。
大分県日田市
大字夜明久大本線 夜明駅
上り線のプラットホームを歩いて行く寅
久大本線(きゅうだいほんせん)は、福岡県久留米市の久留米駅から
大分県大分市の大分駅に至る九州旅客鉄道(JR九州)の鉄道路線。
光岡(光岡)
筑後大石
筑後川橋梁 久大本線
筑後川の鉄橋を列車が走っていく。
夜明ー筑後大石間
それとは逆方向に下の沈下橋を歩いていく寅。
筑後川のほとり 杷木町 原鶴温泉
同じく筑後川のほとりの杷木町でコンピューターゲームをバイする寅。
寅の名(迷)言 「電気のことを英語で持ってコンピューターって言う!」
筑後川 夜 駅前旅館 夜明
売れ残りのバイネタを手帳に書き記している寅。
普段は見られない貴重なシーンである。こういう地道な事もしているんだね。
寅「サブロク…、サブロクサブロク…ああああ」と計算がなかなか進まない(^^;)
そこへ女将さんの杉山とく子さんが登場
相部屋をお願いするのだ。それも娘さんだという。
入ってきた娘(愛子)は最初寅を警戒しているが…。
愛子「はじめに断っとくけど、おんなじ部屋に寝たって、
私とおじさんとは関係ないんですからね、
口利かないでほしいの。それに私見かけよりガード固いんだから」
ときつい目で寅を睨む愛子。
寅「あーあー、あ、なるほどね、じゃあお姉ちゃんは男に酷い目にあったんだ」と笑っている。
愛子「黙っててって言ってるでしょ!私今落ち込んでんの」
寅「フフフ、分かった。しかしな、姉ちゃん。
この広い世の中で星の数ほど男と女がいる中で、
あんたとオレが同じ部屋で一夜を送るってのも何かの縁なんだ。
お互いに名前だけでも名乗ろうじゃないか、
な。オレはね、東京は葛飾柴又の生まれで、車寅次郎。
人呼んでフーテンの寅って言うんだ。よろしく頼むよ」
愛子「…、あの…」
寅「なんだ?」
愛子「どうしてフーテンって言うの?」
寅「故郷を捨てた男だからよ…」と横を向く。渋い!(^^)
愛子「ということは、奥さんとか子供とも別れたっていうわけ?」
寅「フッ…、そんな面倒なものは最初っからいやしねえよ」渋い!(^^)
酒のコップを静かにお膳に置く寅。
愛子、寅を観察しながら
愛子「第一印象のイメージとずいぶん違っちゃったな」
愛子擦り寄ってきて
愛子「ねえ、どうしてフーテンになっちゃったの?
仕事に失敗しちゃったから?」
寅、ちょっとうるさがる。
愛子かまわずにしゃべり続ける。
愛子「失恋!?」( ▽|||)
寅、露骨に嫌がっている(^^;)
愛子「家庭の事情?」
寅「あ、あの、お互いにさ、そういう過去にはあんまり触れない方がいいんじゃないか」
愛子「そう!私もそういう考え方。
人の事ぐじゃぐじゃ聞きたがる人間なんてだいっ嫌い」それはあんただよ ヾ(-_-;)
寅、辟易している。
愛子「関係ないじゃないねえ、何しようと何考えようと」
寅、適当にうなずく。
愛子、またもやにじり寄ってきて
愛子「でも…面白いタイプね、おじさんって…」とマジかでジロジロ見つめる。
寅、タジタジとなって
寅「そうか」
愛子「何考えてんの?今」
寅「姉ちゃんと同じことだよ」
愛子「…!やらしい!」
寅「…?」
愛子「…!!え…?」
愛子、急に笑い出して
愛子「いやあ、ヒャハハハハ!!
ちがーうよー!!ハハハハハハ!!」
第6作、第42作も 同じギャグあり。
と寅を押したり、座敷を転げまわったり自分でうけまくる愛子だった。
寅困ってしまって
寅「よお!おばさーん!ちょっと来てくれよ〜!」
愛子「私や〜だー!ハハッハハハハハハ!!!」
と足をバタバタさせて大笑い。
寅「静かにしてくれよおい。
あ〜あ、またぐら出しちゃって。うわあああああ…」
結局寅は、愛子のやんちゃ攻撃をさけるために密かに下の居間で寝てしまうのだった。
この一連の「お前と同じことだよ」というギャグは、
あの第6作「純情篇」で夕子さんが風呂へ入っている時の
森川おいちゃんと寅の会話のアレンジ版であることは言うまでも無い。
翌日
浮羽郡 田主丸町(たぬしまるまち)
浄土宗法林寺門前 門柱そば
寅「姉ちゃんよ、母ちゃんがおめえ男作ったからって、そのたんびに家出してたら
いくら家出したってたりねえじゃねえか、そうだろ。父ちゃんいなくなったから
淋しいんだよ。母ちゃんだって女だからな」
愛子「母ちゃんもう五十だよ」
寅「五十だってまだ若いじゃねえか。他に兄妹いねえのか」
愛子「ん、腹違いの兄ちゃんいるんだけどね、マグロ船乗っててさ、南洋の方行ってるからね、
半年に一回くらいしか帰ってこないの」
寅「半年にいっぺんか」
愛子「うん。いい人だけどね」とお菓子をポリポリ食べている。
寅「じゃ、そのあんちゃん、どっか南洋の空の下で可愛い妹の事心配してるかもしれねえぞ」
愛子、ちいさくうなずく。
寅「え、そうだろ」
愛子、下を向きながらもちょっと嬉しい顔をしている。
寅「さて…、行くか」と立ち上がり、歩き始める。
松川ドライ田主丸店が見える。
寅は愛子の家がある静岡の焼津に帰るように何度も諭すが、
愛子は「寅さんと一緒にいくんだもん」と甘え、
寅にくっついて離れようとしない。
月読神社
こうして寅は、愛子と月読神社の鳥居の前を通って田主丸駅の方へ歩いて行くのだった。
B【光枝さんとの出会いと常の頼み】
久留米
久留米水天宮の縁日
JR久留米駅から徒歩で約15分、筑後川の河畔にある久留米水天宮。
御祭神は天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)、
安徳天皇(あんとくてんのう)、建礼門院(けんれいもんいん)、二位の尼(にいのあま)の四柱。
安徳天皇が没した土地といわれ、後にここに祭られたのである。
この水天宮は全国水天宮の総本社でもある。
また、子供の守護神としても有名であり、子供を参拝させる人々も多い。
愛子は寅のバイのサクラを演じて、結構売れている。
そんな時、向かいのほうでたこ焼きの屋台を出している、色っぽい女性に気づき、気にする寅だった。
途中、寅が昼ごはんを食べている時、その女性がなんと寅に近づいて来たのである。
光枝さん「これどうぞ…」と寅に漬物が入ったタッパーを渡す。
寅「…」
光枝さん「私が漬けたんだけど」とフタを開ける。
寅「ありがとう。こりゃうまそうだ」
光枝「あの…柴又の寅さんでしょ?」
寅「ああ…。姐さんは?」
光枝さん「私、常三郎の女房で光枝と言います」と微笑みながら下を向く。
寅「常三郎…、ああ、あ、カラスの常」
光枝さん「はい」
寅「ああ、そうかァ」
光枝さん「フフ」
寅「フフ、あんたが。へええ」
光枝さん「はい」(無声音)
寅「いやあ、常のヤツにはね、いつもあんたのノロケ聞かされてたんだよ」
光枝さん「フフフ」とにこやかに照れる。
寅「ああ、そうかい」
光枝「いつもお世話なってます」
寅「んん…ヘヘへ。で…なんだい、
常のヤツは女房に働かして昼間っから酒飲んでんのか?フフフ」
光枝さん「フフフ、それがね…、病気なんですよ…」
寅「病気?」
光枝さん「ええ」
寅「…悪いのか?」
光枝さん「ええ…、もう三ヶ月になるんだけどね、病院に入って」
寅、遠くを見て思い出すように
寅「…ヤツに会ったのはいつだったけなあ…。あ、今年の春か」
光枝さん「いつも寅さんのこと話してるんですよ、家で。フフフ、だから初めての気がしなくて」
寅「そうかいフフフ。オレ…見舞いに行くよ」
光枝「すいません」
寅「うん」
光枝「もしそうしてくれたら喜ぶと思うけど」
寅「ああ」
光枝さん立ち上がって、
光枝さん「それじゃあ」とお辞儀をする
寅「ああ」
走って行く光枝さん。
寅、呼び止めて
寅「あ、姐さん。ヤツのクニ(故郷)はどこだっけ」
光枝さん「秋月です。福岡県の」
寅、頷きながら
寅「ああ、そうだ。秋月って言ったっけな」
光枝さん頷いて、
光枝さん「それじゃ」とお辞儀をして走っていく。
愛子が目を三日月にしてにやけながら走ってくる。
愛子「寅さ〜ん、雰囲気あるねあの人ねェ。
サラリーマンの女房じゃああはいかないよな、フフ」
と寅の腕に甘える愛子。
寅「うるせえな、おまえは…、
ほらほら客が来てる、客だ」と追い立てる寅。
光枝さんのくれた漬物をひとつ口に入れる寅。
朝倉町 菱野
三連水車、
後方は筑後川の堤防。
久留米水天宮でのバイを終え、数日後
寅と愛子は、福岡県 朝倉市 三連水車横のわら束の上に座っている。
寅は何か考え事をしていえるようだ。
稲が刈られたばかりの頃なので水車は止まっている。
筑後川の流れを受ける堀川にかかる朝倉の水車群には、
菱野三連水車を始め、三島・久重の二連水車2基がある
物悲しい光枝のテーマが流れる。
愛子柿を食べながら
愛子「ねえ、寅さん、何考えてんの?」
寅「おまえとおんなじことだよ」またも出ました同じパターン(^^;)
愛子「じゃ、いつかお祭りで会った女性の事?」
寅、ちょっとうろたえて
寅「そんなことじゃないよ」と横を向く。
愛子は寅の変化を見逃さずに、顔を覗き込みながら
愛子「あ、ハハ、赤くなった、ピッタシでしょう。ねえ、私の勘は鋭いんだから」
寅「…」
愛子「でもさ、ねえ、あの人人妻でしょ?
不倫の恋じゃない、そういうのは」
寅、呆れて
寅「うるさいんだよおまえは、少し黙ってろ」と言って、
また「ハァ〜…」とため息をつくのだった。
福岡県 甘木市 秋月
野鳥川にかかる優しげな秋月眼鏡橋をお見舞いを持ってゆっくり渡っていく寅。
家老宮崎織部が長崎の石工を雇い文化7年(1810年)に築造させた石橋。
この橋は我国唯一の御影石(花崗岩)造りの石橋であり県指定有形文化財になっている。
秋月は筑前の小京都 風情があるねえ。。。
野鳥川沿いの小道、古びた家々が続き、
なんとも言えぬ静かな趣がある。
そんな一軒が倉富常三郎の家である。
秋月 今小路 野鳥川のほとり
『倉富常三郎』の表札を見ている寅。
ガラッと引き戸が開いて光枝さんが出てくる。
驚く光枝さん
寅「よお」
光枝さん「あら」
寅「やっぱりこの家だったのか」
光枝さん「まあー。ほんとに来てくれたのー」
寅「うん」
光枝さん「まあー」
寅「甘木まで来たんでね、ちょっと足伸ばしたよ、うん」
寅「病院はどこだい?」
光枝さん「今、家にいるんですよ。先週退院して」
寅「え!?家にいるのか!あー、そりゃよかった」
光枝さん「喜ぶはー、きっと。さ、どうぞ、汚いとこだけど、さ、どうぞ」
入っていく寅。
光枝さんの声「あんたー!ちょっとあんた!」と、はずんだ声。
部屋
常三郎が布団に入ったまま上半身を起こしてにこやかに笑っている。
常三郎「驚いたやろね、田舎町で」
寅「うん。しかし、博打場はねえし、飲み屋はねえし、
病人にはもってこいなんじゃねえか、へへへ」
光枝さん「お菓子がなんもないから買うてくる」
常三郎「バカかん、寅がお菓子んごたるもん食うか、酒たい」
寅「いいっていいって、姐さん、なにもいらねえよ」
光枝さん「すぐ戻りますから」
光枝さんは寅に出す菓子とお酒を買いに行く。
引き戸を開けて買い物に出かける光枝さん。
このなにげない引き戸を開けるシーンに、山田監督は自然さを要求し、音無さんは、
なかなか上手くいかず、それこそ何十回もNGを出したそうだ。
山田監督の静かなる執念の演出がこういうところにもある。。
常三郎、布団の隅からタバコを取り出す。
それを見て笑っている寅。
常三郎、タバコをくわえながら
常三郎「あのおなご、やかましかもんね。まるで医者のまわしもんのごたある」
寅「博多の料理屋で仲居やってたんだってな」
常三郎「誰に聞いたと?」
寅「んー、…あの、小倉のケン坊よ」
常三郎「あいつと張りおうたんじゃ。金ばつこうたもんね。あのおなごにゃァ」
寅「ヘッ、へへ、いくら使っても惜しくはねえさ、あの女房なら」
タバコに火をつける常三郎。
寅「気立てはいいし、色っぽいし、おめえにはもったいねえや」と立ち上がり庭を見る。
にやけながら美味そうにタバコを吸う常三郎。
灰を薬のビンにいれる仕草。
小沢昭一さんのこのあたりの芝居は絶品だった。
常三郎「寅」
寅「んー…」
常三郎「おまえに頼みがあっとじゃ」
寅「なんだい、なんでも言えや」と、常三郎の横に座る。
常三郎「おまえまだひとりもんやったな」
寅「おおう」
常三郎「万一の話たい。
万一オレが死んだらくさ、あいつば女房にしてやってくれんと」
寅「フフフ、気の弱いこと言うなよおまえ。えー、おめえ、退院したばっかりじゃないかよ」
常三郎「だけん、万一ち言うとるじゃなかか。な。頼む。約束ばしちくれ」と頭を下げる常三郎。
戸惑う寅。
常三郎「あいつが、オレが死んだ後にさ、
知らん男に抱かれるかち思うと、夜でんオチオチ眠られんとよ」
寅「情けない男だなあ〜…」
寅、笑いながら、落ち着いた表情で
寅「分かった。約束するよ。
その代わりお前死んだ後も未練たらしく化けてでてきたりすんなよ」
常三郎「そら、出てくるかもしれんばい」
寅「ハハハ、苦労が多いな、若いカミさん持つと」
常三郎が横になった後、なにげなく壁を見渡していく寅。
ふと向こうの壁になにかの拓本が貼り付けてある。
そこには北原白秋の『帰去来』の詩が貼ってあったのだ。
帰去来
山門は我が産土、
雲騰る南風のまほら、
飛ばまし、今一度。
筑紫よかく呼ばへば、
恋ほしよ潮の落差、
火照沁む夕日の潟。
盲ふるに、早やもこの眼、
見ざらむ、また葦かび、
籠飼や水かげろふ。
帰らなむ、いざ鵲、
かの空や櫨のたむろ、
待つらむぞ今一度。
山門柳河は私の生まれ育った故郷、
雲は湧き、南風がここちよく吹く
まほろばの地だ。
ああ、最後に今一度、
あの地へ飛んで帰りたい。
筑紫よ、
この名をよべば、干満の差が激しい、
炎のような夕映えの有明の海を思い浮かべるのだ。
私の目は冒され、水辺の葦や、籠飼や、そして水かげろうも、
もう見ることはできない。
それでもいい。 帰りたい。
鵲が空に舞い、そして櫨の木が待っているあの地へ。
故郷やそのころ一緒に遊んだ子らたちも老いてしまった。
長い歳月故郷に帰らず、疎遠のままであったのに、
子供のようにこんなに思いを馳せるのはどうしたわけであろうか。
山田監督のお父様の臨終の時もこの詩が壁にそっと飾ってあったということだ。
白秋も山田監督のお父様も、望郷の念は年々募るばかりだったのだろう。
常三郎の故郷を愛する気持ちは地球の果てで故郷を想う私には痛いほどわかる。
白秋はこの詩を発表して翌年この世を去る。
C【光枝さんの涙、そして寅の帰郷と改悛】
杉の馬場
秋月城跡
市立秋月中学校
夕方、寅は常三郎の家を後にし、光枝さんと静かに秋月の町を歩いていく。
第17作「夕焼け小焼け」の龍野でのテーマ曲が流れる。
寅「まあ、なんか困ったことがあったら、
オレの家へ手紙よこせよ。オレは時々連絡してるから。な」
光枝さん「どうもありがとう」
寅「うん」
寅、ちょっと立ち止まって、
寅「体だけは大事にしろよ」
光枝さん「うん」
寅「なに、常のやつだって病気が治りゃ、
一生懸命働いて、あんたのこと楽にさせるよ。
あいつは芯からあんたに惚れてるから。フフフ」
光枝さん「フフフ」
本覚寺近く
野鳥川にかかる小さな橋のたもとで
寅「さ、もうこの辺でいいよ。あんまり長いとあいつまたやきもち妬くから、フフ」
光枝さん「じゃあこれ、つまんないもんなんだけど」とお土産を渡す。
寅「あ、そうかい」
光枝さん「今日はほんと嬉しかった。寅さんが来てくれて」
寅「うん」
光枝「それじゃ」
寅、歩きかける。
戻っていく光枝さん。
しかしすぐ、光枝さんは歩いていた足を止めて、
少し、躊躇し、走って戻ってくる。
それに気づき、光枝さんを見る寅。
光枝さん「寅さん、ほんとは…
私だけの秘密にしておこうと思ったんだけどね」
寅「なんだい」
光枝さん「実はね…」
光枝さん、寅を見つめて
光枝さん「うちの亭主、もう長くないの」
寅、厳しい目で光枝さんを見る。
光枝さん「今度退院したのもね、病院が見放したからなの。
あんまり帰りたい帰りたいって言うもんだから。
医者が好きなようにさえてやんなさいって、そう言って…」
寅、ゆっくりしゃがんで
寅「で、…いつまで」
光枝さん「たぶん…、今月いっぱいは無理だろうって…」
寅「…」
光枝さん「傍目にはそうは見えないのにねえ…。
寅さんは、亭主に会いに来てくれた最後の友達よ」
と、見る見る涙が潤んでくる光枝さん。
頭を下げながら
光枝さん「ありがとう」と言って泣きながら小走りで来た道を戻っていく。
光枝のテーマが悲しげに流れる。
山寺の鐘 ゴーン
小さくなっていく背中からいつまでも小さくすすり泣く声が聞こえる。
ただ呆然と光枝さんの背中を見て立ち尽くし続ける寅だった。
柳川市 沖端
夜 浜辺の 商人宿 沖吉 沖端漁港
白秋が生まれた家がこの町にある。
窓を見て常三郎の事を考え、光枝さんのことを考えている寅。
元気の無い寅に、愛子はお茶を入れてやる。
愛子は宿で留守番している間、宿の主人に連れられて『ムツゴロウ』釣りを見に行ったそうだ。
愛子「へんな顔した魚ムツゴロウって。
あのね目の玉がこんなでかくって、それでアゴが四角くて」
寅「じゃ、オレのツラに、姉ちゃんの目ん玉つけたようなもんじゃないか」
愛子「ハハハハ!うまいうまいうまい」
落ち込んでいるのを察して、
愛子「何考えてんの今?」
寅「人の一生についてよ」
愛子「ブヒャククク」と噴出している。
寅「なんだよ可笑しいか?」
愛子、大笑いしながら
愛子「柄じゃないわよ、ムツゴロウが眠ってるような顔して、ハハハ!」座布団一枚(^^)
寅「フフフフフフ」
そこへ女中の谷よしのさんが顔を出す。
谷さん「お客さん、お食事こっちでよかですか?」
愛子「よかです」
思わず少し笑う女中さん。
寅「ヘヘへ」
寅少し吹っ切れた顔をして、
寅「姉ちゃん、今夜は飲むか」
愛子はそれを聞いて大喜び。下へ降りて言って「ウイスキーボルトで」とベタなギャグを飛ばしていた。
そして翌朝
愛子を残して寅は故郷に旅立って行ってしまったのだった。
愛子のテーマが流れる中、置手紙を読む愛子
『いろいろ世話になったな。
お前のおかげで楽しい旅だったけど、
いつまでも続けるわけにはいかねえ。
おまえは焼津に帰れ。
俺も故郷に帰る。
あばよ。
愛子殿 寅次郎』
もういない寅を追って、外に出てワーワー泣き喚く愛子だった。
東京 江戸川
昭和18年3月に完成した江戸川水門(篠崎水門)。
鉄筋コンクリート造りで、幅員10m、高さ5.5m、電動開閉の引揚鉄扉。
水門横でハゼ釣りをする博と満男
釣れたが最後に逃がしてしまう博。
大笑いの満男と周りの人たち。
こういうロケも珍しい。
貴子さんの喫茶店ロークの前を曲がって
帝釈天参道に入っていく博と満男。
まだまだこの頃はローク健在!
第31作、あでロークは存在する。
途中で満男がダボハゼと源ちゃんを同一視してからかう(^^;)。
二人がとらやに帰ってくると
とらや 店
さくら「ねえ、お兄ちゃん帰ってきてるの」
博「へえ、元気か」
お、いきなり寅が帰った後からの設定か。これはちょっと珍しいパターンだ。
さくら「それが変なのよ様子が」
みんなに気を使い真人間になった寅が仏壇でお祈りをしていた。
寅、正座して、博に向かって
寅「ありがとう。いつもさくらがお世話になっています」と深々と頭を下げる。
おばちゃんは「寅ちゃんが真人間になってくれたんだよ」ともろ信じきっている(^^;)
寅「旅先の明け暮れに、この悪い頭でいろいろ考える事があってな…、
うかつにもこの歳になって初めて気が付いたが、
今までどれだけお前達の犠牲の上に生きてきたか、
さくらにとってはヤクザな兄貴、この車家にとっては大きな恥」
ものすごォーく正しい分析だ( ̄ー ̄)
おいちゃん「もういいもういいよ
さくら「いいのよお兄ちゃん、今までどおりで」
寅「よくない!」びっくりするさくら。
寅「おまえがそうやって甘やかすから、お兄ちゃんはまともな往生ができないんだ」
この場合の『往生』は、仏の世界に行く道筋…とでもいう意味なのだろう。
このように、寅は常三郎の事がきっかけで
人生を考え直そうとしているのである。
この時の映像で
源ちゃんが6時の鐘を撞いた後土手から富士山が見える映像がある。
D【笛の音の物語と愛子の訪問】
とらや 茶の間 夜
人の世のはかなさについて話をするみんな。
寅「わかんねえもんだな、人の命なんてものは。
はやい話がよ、このオレが今晩ぐっすり寝て、
明日の朝、パチッて目を覚ましたら死んでるかもしれないからな…」
満男いわく「死んでたら目を覚まさないよ」だそうです(^^;)座布団二枚。
結局常三郎はそのあと亡くなってしまい、葬式を出したそうだ。
この場面で、博やさくらは、常三郎は寅の同業だから
健康保険も入っていないだろうから病院の支払いも大変だったろうなんて言っているが、
この話から察すると、寅自身も健康保険には普段入っていないのだろう。
寅も、もし病気になったらみんなに迷惑をかけることになると言って反省している。
【問題】中級
しかし、そんなフーテンの寅も、実は一生涯『保険』なるものと完全無縁というわけではなかったのだ。
実は、ほんの一定期間だけ、寅はなんと『保険』に入っていたことがある。
このシリーズのある作品で、寅が保険に入ることを第三者がしっかり説明しているシーンがあるのだが、
みなさんお分かりになりますか(^^)
ヒント:寅にはこの保険のことは知らされてません。
おいちゃん「でもな…、死んでいったものはまだいいさ。
残された方はもっと辛いんだよ…」
このおいちゃんの発言の意味は果てしなく深く、どこまでもせつない。
さくら「ほんと…気の毒ね、その奥さん…」
みんな考え込んでしまっている。
社長「いくつくらいの人だい?」
寅「三十を、二つ三つ出たところか…」
おばちゃん「あら、まだ若いんだねえ」
社長、さくらにそっと
社長「美人だな、きっと」
一同、社長を睨む。^^;
遠くでチャルメラの音
寅「村のはずれに古い石の橋があってな、
そこまでオレのことを送ってきてくれて、
それじゃと別れの挨拶をした後、
あの人は言ったよ。
『うちの人は、もう長くは無いのよ。
寅さんが見舞いに来てくれた最後の友達よ。
どうもありがとう』あふれる涙を抑えて帰って行ったよ」
寅「淋しい後姿だったなあァ…。
そろそろ日も暮れかけて遠く山寺の鐘がゴーンゴーン」
寅「その時…」
光枝のテーマ曲が淋しく流れる。
寅「ふとオレの耳に聴こえてきた悲しい笛の音…」
博「笛…?」
みんな不思議そうに寅を見る。
寅「と、思ったのは錯覚で、
実はその人の泣き声だったんだよ」
深く何度もうなずく博
寅「人気の無い田舎道をとぼとぼ歩きながら、
声を上げて泣いていたんだなあ…、
あいつのかみさんは…」
みんな深く感じいっている。
おいちゃん「笛の音か…」
おばちゃん「悲しい話だねえ…」
寅「いい女が泣くと笛の音に聴こえるんだなあ…」
皆深く頷く。
寅「おばちゃんが泣くと夜鳴きソバのチャルメラに聴こえるんだな」
みんな大爆笑。
おばちゃん、ふてくされている。
社長「上手い上手い!ハハハ!」
寅「♪タララーララ、タラララララァ〜〜」
おばちゃん「そんな言い方ってないだろ!」おばちゃん泣きだしそう(^^;)
さくら「ごめんおばちゃん」
おばちゃん「ひどいよ、うええええん」と泣き出す。
さくら「おばちゃん、冗談よ、そんな」
おばちゃん泣きながら寅を睨んで
おばちゃん「あんたなんか病気になったって
看病なんかしてやんないから!!」
皆なだめている。
ちょうど参道のチャルメラの音がなり、おばちゃんの泣き声と見事に重なる(^^;)
チャルメラ ♪チャララーララ、チャラララララァ〜〜
おばちゃん「ううううええ、うえええええ〜〜ん」あ〜あ…┐(-。ー;)┌
これぞ必殺チャルメラ泣き。山田監督渾身の演出です( ̄∇ ̄;)
さくら「なにも泣くことないじゃないの」
おばちゃん泣きながらさくらをはねのける。^^;
おばちゃん「うわああああええええ」
そんな時、店に女性がやってくる。
寅がよく見ると、なんと立っているのは愛子なのである。
寅「あ、あれえ!」
かまわず、そばで泣き続けるおばちゃん(^^;)
寅「うるさいんだ!ちょ!」と、おばちゃんを叱る(^^;)
ぴたりと止まるおばちゃんの泣き声(^^;)
愛子「寅さん〜!」
寅「愛子ー!!」
と、座っている満男の頭を蹴散らして勢い良く店に走っていく寅。
吉岡君ご苦労様(TT)
泣きながら寅に抱きつく愛子。
愛子「うえええええんひどいじゃないうええええん
おいてけぼりにしてええええん」
寅「追っかけてきたのかァ」
旅先でお金なくなって大阪でアルバイトしたり、知らない人にお金借りたり
血まで売って柴又にたどり着いたそうだ^^;
一同目がテン。& お口ポカン 唖然 ( ̄0 ̄;)
おばちゃんも泣くのやめて目が点( ・ ・ )
さくら「だあれこの人?」
寅「ほら、愛子ちゃんと言って、オレが九州で…」わからんてそれじゃ ゞ(^^;)
さくら「今話してた、旦那さんが亡くなったとかの?」おいおいちゃうって ゞ(^^;)
寅「うん…」うん…って、ちゃうちゃう ゞ(^^;)
さくら「どうもご愁傷さまでした」と、深々とお辞儀(^^;)
でました!久しぶりのさくらのボケ。可愛い〜\(^o^)/
寅で口ごもってもごもご
寅「これから苦労しちゃうよずーっとおまえ…」おいおいおいおい ゞ(^^;)
倍賞さん、おいちゃんたちのほうを見ながら微妙に笑いをこらえている。
微妙に笑いをこらえている倍賞さん。
寅、ハッと気づいて
寅「違うよ!バカ!その人とォー」
普通絶対間違わんって、ほんとにもう ヾ(^^;)
愛子「誰?その人じゃないって」
寅「いやあ…例のやつだよ、おまえ」と口ごもる。
愛子「あ…、例の!」とニヤつきながら寅の胸を手ではたく(^^)
寅、タジタジとなりながら
寅「バカだなおまえ」と、照れ隠しにさくらの腕をはたく(^^;)
さくら「いやだ〜」( ̄∇ ̄;)
愛子をよく見ろよ。三十過ぎの苦労人に見えるか?さくら ┐('〜`;)┌
で、寅はお腹をすかせた愛子のために夜鳴きソバをさくらに買いに行かせる。
この時、なんと、参道を上から見た珍しいセットが映る。
江戸家さんの隣の隣になんと壁があり、自販機が並んでいる。
それじゃ参道に車が通れませんよスッタフさん(^^;)↓
翌日 朝日印刷の工場内
朝日印刷におやつを届けに来る愛子。
人懐っこいのでみんなに可愛がられている。
そんな時、
腹違いの兄貴がもの凄い荒っぽい運転をして山門につっこんでくる。
源ちゃん、車にひかれそうになってカンカン(−−)
とらや 店
地井武男さん登場! まだまだ若い!
百人前の刺身が作れる冷凍マグロを担いで愛子を連れ戻しにやって来たのだ。
マグロの巨大さと兄貴の荒っぽさに、みんな怖くて逃げてしまう。
高校を辞めて家出したいいわけをぶつぶつ言う愛子に
兄貴はキレてどなりつけるのだった。
兄貴「コノヤロ!わからなきゃこうだ!」と拳骨をだそうとするがおいちゃんが必死で止める。
おいちゃん「あー!君君!暴力は、ぼう。。。あああああ!!」
兄貴にひょいと持ち上げられ、店の端まで追いやられるおいちゃんだった。ああ…(TT)
下條さんご苦労様です(TT)
それでも悪態をついて抵抗し、泣きじゃくる愛子。
兄貴「愛子、なんでオレの気持ちをわからないんだよ!ええ!」
泣きじゃくりながら愛子が叫ぶ。
愛子「ううううう、だああってえええ、うううう、
家にいないっけじゃあにいいい、いつもおおおお」
愛子の言葉を聞いて淋しさがようやく実感できた兄貴だった。
泣くだけ泣いて、愛子は兄貴の車に乗って帰っていったのだった。
なんだかんだ言っても繋がりの深い兄妹なのだ。
E【東京での再会と寅の妄想】
その後、とらやに寅宛のハガキが届く。
文京区本郷 章文館からのハガキ
光枝さんからのハガキ
『拝啓 早いもので主人が死んでもう一ヶ月近くになります。
寅さんお変わりありませんか。
私は今、本郷の旅館で働いております。
落ち着いたらお礼に伺いたいと思っているます。
とりあえず ご連絡まで 光枝 』
さくら「問題の人ね」そうそう、問題の人だよ(^^)
おいちゃん「いよいよ来たな。
えらいことだぞ、こりゃァ」そうそう、来た来た(^^)
森川おいちゃんなら「しらねえよ、オレは…」って言うところだ。
そこへ寅が帰ってきて
さくら、読んでないふりをして、寅にハガキを知らせる。
さくら「お兄ちゃん、ハガキ来てるわ」さくらも役者だねえ〜ん(^^;)
寅「誰から」
さくら「倉富光枝さんって…」
寅「うわっち!!」っと、
物すごいスピードでそのハガキを奪い取る。
寅、一気に小声で音読。
さくらをキッと睨んで、
寅「おまえ読んでないな!?」
さくら「よ、読んでない」うそ(^^;)
寅「ちょっと行って来る!」と、すぐさま走り去っていくのだった。
まあしかし、こういう時は、行動が異常に早いね┐(~ー~;)┌
さくらもおいちゃんも唖然。
本郷
章文館までの坂道胸突坂を歩いていく寅。
文京ふるさと歴史館の本郷界隈史跡マップ胸突坂のページには
↓のように書かれている。
この胸突坂を含め、区内には胸突坂と呼ばれる坂道が3ヶ所あります。
その一つ、西片2丁目と白山1丁目の間にある胸突坂については、
「坂路急峻なり、因て此名を得」(『新撰東京名所図会』)とあり、
もう一つ関口2丁目と目白台1丁目の間にある胸突坂については、
「あまりに坂之けはしくて胸をつくばかりなれば名付といふ」
(『御府内備考』)とあります。
本郷5丁目にある、こちらの胸突坂も、
他の2つの胸突坂同様に急な傾斜の坂道です。
坂名もやはり、その急な傾斜に由来するものでしょう。
私は大学受験のとき、
この胸突坂途中の老舗旅館『章文館』に半月もお世話になった。
青春の懐かしい思い出が一杯詰まった旅館だ。
ちょうどこの映画が公開される前年に泊まった時の『章文館』玄関前、
写真向かって左が映画で映っていた本館玄関前。『本館』は結構縦に長く大きいものだった。
右の植木が映っているあたりから上が『新館』.
私たちは新館の方に泊まって、食事は本館の方で大勢の人たちと一緒に食べていた。
後ろの細い木の電柱と外に出ている屋根付き木の門が映画と同じ。
つまり道を挟んで両方に『章文館』は、建っていた。私が泊まっていた10日間は受験生はもちろんのこと、
この映画でも映っていたようにスポーツ系の学生さんの団体が大勢泊まっていた。
だからあれは本当に日常でよく見た光景だった。
ちなみに、私は白いセーターを着た方。その右隣の青年は土佐から来た受験生。
お互い同じ大学を受験したので別れる時に記念撮影をしたのだ。
とても懐かしい思い出だ。
小さい『新館』のビルは今も健在!しかし営業はしてなさそう…。
今はもう持ち主が違うのかもしれない。
寅の向こうに見える前に植木がある茶色のビルが新館↓。
道を挟んで右が光枝さんが働いていた本館。
新館の手前に小さな民家(これは章文館の持ち主の家の一部かも)が一軒あり、
その前に↑に映っている例の木の電柱や民家の木の門(ドア)がある。
そこで寅と光枝さんは僅かな時間話をするのだ。
そしてあの民家は今も健在!↑(写真参照)
現在の『章文館』新館は道を挟んで左の2つの赤丸。あの茶色いビルは健在。
道を挟んで右の赤丸(本館)はもう今は『ラファミユ菊坂』というマンション。
青丸は光枝さんと寅がしばし話をした場所。
章文館本館跡。本館は無くなって、今は『ラ.ファミユ菊坂』というマンション。
写真一番左手前端あたりが本館の玄関があった場所。
やはりなんと言っても
このマンションの道を挟んで正面に今でも奇跡的に残っているあの民家の木門(ドア)!が感動的、
もう一度掲載↓
↑↓の青丸部分。さすがに木の電柱はコンクリートに変わっていた。
坂の下から見るとこうなる↓
青丸が光枝さんと寅が話していた場所。『木の門』がこの位置からも見える。
赤丸左側が新館その隣の日本家屋(今の本郷倶楽部)から入っっていった。
赤丸右側が本館だった場所。
この坂をほんの少し上がったら右側に「鳳明館」という老舗旅館がある。
向こうの2本舗電柱と道の左側の塀やマンホールが今も同じ。
マンションの上手端にかつてのお勝手口があったことが分かる↓↑
ドアと出てくる光枝さんを貼りつけてみました。
貼りつけました「地図」の中の赤丸がお勝手口、水色丸が本館玄関、
ピンク色丸が光枝さんと寅が立ち話をしていた場所。
緑色丸が新館、そしてその上手に今は三国ハイツと一軒家、
そしてそのまた上手の黄色丸が鳳明館です。
鳳明館の位置は当時とたぶん…変わらないとは思う。
文京区本郷5−10ー5
章文館 本館
引き戸を開けて寅が入ってくる。
掃除機をかける音
お客さん役で関敬六さんが出演。
寅「ごめんください…。ごめんください」
関さん「お姐さん、お客さんだよ」
光枝さんの声「はーい」
廊下に出て、驚く光枝さん。
光枝さん「寅さん」
寅「よお、フフフ」
光枝さん「来てくれたの」
寅「ああ、ハガキもらったから来たよ」
寅「…、ん、忙しいんだったらまた出直してもいいぜ」
光枝「あ、ちょっと待てて」
寅「うん」
光枝さん外で待つ寅の元へ走ってくる。
光枝さん「びっくりしたこんな早く来てくれるなんて」
寅「フフ、大変だったろう、葬式やなんかで」
光枝さん「形ばっかり、簡単に済ませたから」
光枝さん「あの…、こんなとこで変なんだけどね…。
これとっといて、亭主の形見」と寅の胸に札入れを押し付ける。
寅「なんだい」
光枝さん「財布。とっても大事にしてたの」
寅、袋から出して、稲妻の中の龍の絵が描かれてある財布を見る。
寅「これ見て、あいつのことを思い出すよ」
光枝さん、ため息をつきながら
光枝さん「ろくな思い出なんて無いけどね…」
二人して「フフフ」と笑う。
ちなみに途中までの脚本(改定稿)では、
この形見の財布のカットはない。
旅館の同僚が2階で窓をふきながらこちらをチラッと見ている。
それを見た寅。人生の玄人らしく、何かを察知して…
寅「なにか辛れえことないのか?」
光枝さん「大丈夫、仲居みたいな仕事は前にもやってたから」
寅「しかしィ…、看病疲れで、
疲れたからだ無理して病気になってももともこもねえからな。
もしよかったら、オレの家へ来てブラブラしてねえかい。
汚ねえところだけど、気の張らねえ連中ばっかりだから」
光枝さん「どうもありがとう…、
そんなふうに言ってくれるの、寅さんだけよ」と涙ぐんでいる。
光枝のテーマが悲しげに流れる。
寅「もうそろそろ行った方がいいんじゃねえか」
寅「今度休みいつだい」
光枝さん「15日」
寅「あ、じゃその日来いよ。ごちそうするから」
光枝さん「フフ、どうもありがとう」とお礼を言って戻っていく。
寅「きっと来いよ」
光枝さん「うん」と振り向く。
光枝さん「それじゃ」
寅「体大事にな」
光枝さん、振り向いてうなずく。
本当に短い時間だったが、光枝さんにとって、寅の訪問は心が休まる唯一の時間だったに
違いない。光枝さんが東京に戻ってきたのも、もともとの地元ということも
あるかもしれないが、ひょっとして、その地に寅が住んでいる。ということも
きっかけの一つだったのかもしれない。だから自分の住所をハガキで知らせたのだろう。
光枝さんの本当に数少ない心のよりどころが寅なのかもしれない。
とらや 茶の間 夜
寅の重大発表があるらしい。
鍵をかけさせ、遊びに来た社長をも追い出し、
マネキ猫の視線にも警戒し、寅は秘密の発表を行う。
寅「ほんとうに、ここだけの話だけどな」
さくら「うん」
寅「オレ、所帯持つかもしれない」
一同、ギョっとして目が点になり、沈黙が流れる。
そして次の一瞬にみんな次々に早口でわわわわと質問し始める。
さくら「え、いつ?」
博「誰とですか?」
おいちゃん「どこで」
おばちゃん「今年中に?」
博「相手は?」
さくら「あの近いうちに」
おいちゃん「東京か?」
おばちゃん「来年ですか?」
博「我々の知ってる人ですか?」
おいちゃん「いくつくらい?」
満男「ショタイってなあに??」
さくら満男に「ちょっと黙ってなさい」
これ↑を一瞬のうちにみんなでしゃべってました(^^;)
それを黙って聞いている寅の背中が笑える(^^)
寅「よー!バラバラにそうやって聞いて答えられるか?」聖徳太子(^^)
で、博がいろいろ聞く。
(これは第13作「恋やつれ」の絹代さんとの結婚問題の時と同じパターン)
博「誰ですか相手は?」
寅「今、名前は言えない。いずれそのうちわかるでしょう」
博「いつ頃ですか、所帯を持つとすれば」
寅「来年の春…くらい。んー…、なんだかんだと二、三年…、五年なっちゃう。十年かなあ…。
結局は所帯持たないかもしれないなあ…」
一同、がっくりして、ガヤガヤしゃべり始める。
寅、怒って
寅「こっちは真剣に聞いてんだからな、ちゃんと答えてくれよ」
寅はどう言う支度をしたらいいか聞きたいようだ。
おばちゃん「まず、所帯道具をそろえることじゃないか」なんて適当ォに言っちゃうもんだから、
寅「そ、そう箸と茶碗ね。それと湯のみ茶碗もふたっつ。ちっちゃいのとおっきいの」
いきなり、ディテールから入っていく寅だった(^^;)
おばちゃん「お鍋だっているよ」おいおいおばちゃんヾ(^^;)
満男「電気釜」古風な言い方知ってるんだね満男(^^)
寅「あ、おしゃもじ」おいおいおいおいヾ(−−;)
寅「包丁とまな板」なんだかなあ…((−−;))
博、あきれて下を向いてしまう。
寅「あと、とろろいもなんかの時は、スリコギもいるしね」凄まじいディテール(((^^;)
博「そういうものは、僕たちがお祝いに贈りますから」
寅「ありがとう」(^^;)
博「もっと本質的なところに目をつけてください」
寅「本質的って?本質…、はっ!!住むところか!?」ダメだこりゃ(__;)
おいちゃん「そりゃいいよ。二階貸してやるから」
寅「おいちゃん、すまねえな」と、ニッコニコ
寅「じゃ、適当なところが見つかるまで、ま、二階にいるとして、ん、そうだ、
二階に便所が無いんだよおいちゃん」
おいちゃん「え?」
寅「そこの階段下りて庭突っ切って行くよりしょうがないだろ。
オレだったらおいちゃんの盆栽の脇にしちゃうけどさ、
まさか光枝さんをあんなとこでやらせるわけにはいかねえもんな」
出たァ〜〜〜〜〜!!ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)ノ
一同光枝さんの名前がでたのでドキッとして、ひそひそ話をしている。
寅「おいちゃん」
おいちゃん「え?」
寅「二階に便所作ろや、な」
おいちゃん「うんうん」と、とりあえず頷いてやる。
寅「で、ついでだからさ、風呂も作っちゃおうよ」
おいちゃん「え?」
寅「贅沢は言わない。ね。ただし、風呂桶はこれヒノキにしてもらいたいんだ」
おいちゃん「どうして?」おいちゃんまじめに反応している(^^;)
寅「だってプラスチックのあれいけないよ、
あれツルツルすべってストーン!!っとこうなるんだから」
寅の身振り手振りに引っ張られて、博もストーン!!
のところで上を向いて「おう!」って言ってました(^^;)
寅「いっそうのこと台所も別にするか」とことん話が『本質』からずれていきます(^^;)
おばちゃん「なんで?」
寅「だっておばちゃんとこでさァ、芋の煮っ転がしかなんか煮てる隣でうちのヤツが、
牛肉のステーキやってるんじゃちょっとまずいんじゃないかなァー。
だからさ、ひとつ屋根の下で、暮らしは別々と。
その代わり夕めしが終ったらここへ集まって楽しい会話のやり取り。ね。
『あらもうこんな時間かしら。そろそろ休もうかしら』『そうだな』『そうおし』
老夫婦はヨタヨタと己のネグラヘ、
若夫婦はいそいそと二階へ!』この妄想どこまでいくんだよヾ(ーー )
と、土間に下りた、寅、『あ』『こう』と人の動きをシュミレーション(^^;)
寅「あ、おいちゃん、出入り口も二つ作んないとダメだよ。
だって裏のタコがずかずかずかずか入ってきたら
雰囲気壊れちゃうもん。いいだろ作ってェ」もうなんでも言ってください(−−;)
おいちゃん「ああ、いいよいいよ。好きなようにやれよ」おいちゃんももう投げやり(TT)
寅「そうか、それで話が決まった。さくら飯にしようか」
話に付き合うだけバカバカしいねこりゃ…┐(-。ー;)┌
みんな呆れてヘトヘトになってしまっている。
一人元気になって機嫌よく社長を呼びに行く寅。
寅はお調子者で夢見がちな男。
こういう時が寅の一番幸せな時。、
でも、あまりにも現実と言ってることがかけ離れていて、
可哀想にも思えてくる。
翌日
題経寺 境内
枯葉を掃いて集めている御前様に寅が質問をする。
寅「あのー…、亭主に死に別れた女房が、他の男と再婚する場合に、
やはり一周忌まで待つべきでしょうか?
それとも三回忌まで我慢しなきゃならないもんなのでしょうか。
えー…、その辺のところはあの、お経にはなんと書いてありますか?」
御前様「お経にはそういうことは書いてない。がァ、私の考えでは」
寅「ええ、御前様の考えで結構です」
御前様「真に貞淑なる妻であれば、他の男らとは再婚などせず、
一生仏に仕えて、亡き夫を供養するのが道だと思う」なにもそこまで… ゞ( ̄∇ ̄;)
寅「お疲れ様でした」と呆れてすぐに立ち去る。
御前様「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」おいおい、御前様は『南無妙法蓮華経』でしょ(^^;)
寅「だめだあれ、ずれてるよずれてるよ」
と、自分のずれてるの棚に上げて帰っていく。
源ちゃん、興味津々でニヤつきながら寅に寄って来て、
源ちゃん「間男でんな兄貴」と寅を指差す。
寅「間男?」
寅怒って
寅「真面目に仏に仕えろ!」
と、源ちゃんが持っていた銀杏の枯れ葉が
たっぷり入ったみかん箱を頭からザバーァ!!!っとかぶせる。
ぴょえええええ〜〜〜〜〜Σ(|||▽||| )
源ちゃん頭からズボッっとみかん箱かぶってロボットのように右往左往。
ようやく箱を放り投げるが頭中銀杏だらけ。
首すじの中にも入って、じゃっじゃっっと取り出している
口にも入って「ぺっぺ」(^^;)
蛾次郎さんお疲れ様です。
リハーサル無しで一発決めだったことをお祈りいたします(^^;)
寅、知らん顔で機嫌よく帰っていく。
その昼に寅は、なんと就職試験を受けに入ったのだった。
おいちゃんに借りたネクタイとワイシャツに雪駄履きの奇妙な姿で ゞ( ̄∇ ̄;)
とらや 茶の間 夜
寅が帰ってくる。
寅「博、就職試験受けてきた」
さくら「えー!!」
博「就職試験!兄さんが!」
博たちにとっては、会社に就職=堅気って言う図式は強固。
サラリーマンの悲しき共同幻想なんだねえ。
寅「いやあ、オレは大事な事を忘れてたよ。
所帯を持つためには定職を持たなきゃいけなかったんだ」
博「それはその通りですけど」
一生懸命新聞や雑誌で調べて、営業(セールス)募集の『日の丸物産』に決めたそうだ。
博「セールスですか」
寅「な、セールスだったら、オレ専門だから」
面接でその社長と気があって面白い話で散々笑わせてきたなんて言っている。
なんだか妙に自信満々の寅だった。
寅「二三日内に手紙で知らせるってさ。あの手の会社はだいたい採用するんだよ。その後が大変
正社員になるかは本人の努力次第、うん」
寅「さあて、あ、名刺作っとくかな、オレの。まっちかくなヤツを。
博、社長工場か?」
庭での寅の声
「労働者諸君今夜は残業です!
文句を言うことはありません!
仕事があると言うことに感謝しなさい!
町に幾多の失業者が溢れているか!!」
とかなり乗り気になっている。
博が、しみじみつぶやく。
博「いったいどんな人なんだろうなあ…、
兄さんをここまでの気持ちにさせた人は…」
ほんとつくづくそう思うよ(−−)
F【光枝さんのとらや訪問。そして別れ】
柴又駅 駅前
光枝さんがとらやの方へ歩いていく。
とらや 店
光枝さん「ごめんください」
おばちゃん「お団子ですか?」
光枝さん「いえ、私…倉富光枝と申しますが、寅さんという方がこちらに」
光枝さんって寅の本名知らないのかね。
寅に出したハガキに書いていたよな寅の本名。
ここは「車寅次郎さんという方がこちらに」が自然のような気もする。
光枝さんの堅気じゃない側面を出させたかったのかもしれないが、
初対面の人にあだ名で聞く人はいませんよ。
おばちゃん「あら、あなたが…」
このパターンは前作第27作のふみさんがとらやに訪ねて来た時のパターンだ。
光枝「お世話になってます」と、お辞儀。
おばちゃん「いーえ、こちらこそ」なんか意味深な言葉(^^;)
おばちゃん「まあ、そうですか、どうしましょう。はっ!寅ちゃん!
あ、そうだ。寅、お寺行くって行ってたから。私、今呼んで参りますからね、
あ、そうそう、待っててくださいな、すぐ来ますから」
と、妙に興奮して、そわそわするおばちゃん。わかるわかるその気持ち(^^;)
題経寺へ飛んでいくおばちゃん。
待っている光枝さん。
満男「ただいまァー」
光枝さん「おかえり」
満男「…」
光枝さん「君、寅さんの親戚?」
満男「そう」
光枝さん「ふーん」
満男「僕のダメ伯父さん」
光枝さん「フフフ、フフ」
私は、なにげない満男と光枝さんのこの会話が大好きだ。
第42作のタイトルを強烈に予感させる(私にとっての)静かな名シーンだ。
参道に出て寅を待つ光枝さん。
遠くから走ってくる寅を見つけた光枝さん。
顔が華やぐ。
メインテーマ流れて
寅が参道を走ってくる。
寅「よおお!来たのか!」
気づいた光枝さんが手をふる。
おばちゃんが後ろからヒーヒー走ってくる。
寅「ああ、よかった、朝から待ってたんだぞ、おい」
光枝さん「ごめんね、遅くなって」とても嬉しそうな光枝さん。
寅「うん」
光枝さん「突然団体が入って忙しかったんだけど、無理して来ちゃった」
寅「そうか!よかった、早く入れ入れ、はい」
この参道での再会は、あきらかに第25作「ハイビスカスの花」のアレンジだ。
ハイビスカスでは今作品の光枝さんが寅で、今作品の寅がリリーだった。
寅「邪魔なんだお前」
と自転車を止めて覗いている備後屋を押し倒す(^^;)
ガシャーン
おばちゃん「あ、だいじょうぶ?」の、わけないだろ ヾ(−−;)
とらや 茶の間 午後
光枝さんのために作られた昼ごはんが終って、お茶を飲むみんな。
寅は、なんだか照れくさくって、土間や店を行ったり来たりしている。
さくら「お兄ちゃんなにしてるのようろうろ。
落ち着かないわよこっちへいらっしゃい」
寅ニカーと笑って
寅「今行くよそっちへ」と言いながらも、店の方へ逃げていってしまう。
おいちゃん「照れくさいんだよ、きれいな人が来てるから、フフ」
寅、チラッと戻ってきて
寅「そんなことないよー、フフ」と言い、すぐまた引っ込む。
みんなでクスクス笑っている。
おばちゃん「寅ちゃんのおかげで
たくさんきれいな人に会えますよ、私達は」
出ました!おばちゃんの長年の本音!ヾ(^^;)
おいちゃん、おばちゃんのキュっと肩を掴む。
さくら「おばちゃん、なに言い出すの」ほんとにね(^^;)
おいちゃん「フフフ」
おばちゃん「え?…フフフ」
光枝さん「もてるんでしょ、寅さんって」うわっ(^^;)
おいちゃん、笑いながら
おいちゃん「とんでもない
おばちゃん「ふられてばっかり」とひそひそ小声。
寅は、最初はふられていたが、ここ八年ほどは敵前逃亡も多し(^^;)
さくら「フフフ」と笑いながらりんごをむいている。
寅、また顔を出して
寅「カハハハ!!…、またオレの噂してんだろ、フフフ」
さくら「違う違うフフフ」
このあたりの渥美さんは実に上手い。
みんなでクスクス笑っている。
寅「ほんとに、泊まっていけねえのかい?」
おいちゃん「おや、お帰りになるんですか?」
さくら「今日は忙しい日で、六時には帰るって、旅館の女将さんに
約束してきたんだって」
みんな残念がる。
寅「まあ、仕事じゃ仕方ねえやな。
…それ、ちゃんと食べたか?美味かったかい?」
光枝さん「お腹いっぱい。私幸せよ」
寅、それを聞いて満ち足りた顔をして
寅「…そうか…。まあ…亭主の看病で苦労したもんな」
寅、ちょっと照れながら
寅「あの…、余ったのそれ、折に入れてやったらいいんだ。さくら」
さくら「ん」
寅「折あったっけな」
なんて、あいかわらずうろうろ照れている。
光枝さん、ニコニコ。
光枝さん「いい人ですね、寅さんって」
おいちゃん「まあ、嘘がつけないというか、
単純と言うか、それだけのことですよ、フフフ」
おいちゃん嬉しそう(^^)いいシーンです。
光枝さん、タバコを取り出しながら
光枝さん「亭主の兄弟分っていう人に随分会ったけど、
いませんよ、寅さんみたいな人」
光枝さん「中には嫌な人もいたりしてね」
さくら、マッチを「はい」って渡してやる。
光枝さん「あ、すいません」
さくら「やっぱり…、ご主人もお兄ちゃんのような仕事?」
光枝さん「ほんとにヤクザな男。
酒飲んで、博打好きで。…バチが当たったんでしょきっと」
さくら「あら、そんなこと」
光枝さん「寅さんが良く知ってるわ。
ねえ寅さんうちの亭主道楽もんだったね」
寅「うん…まあな…フフ」
みんな寅に上がって話をしろと勧めているが、
寅は社長の工場に名刺の代金を払いに行ってしまうのだった。
光枝さん、しみじみとつぶやく。
光枝さん「いいですねえェ、寅さんは。
こんな身内の人たちがいて…」
とタバコを吸う光枝さん。
さくら「光枝さん、ご家族は?」
光枝さん「私…、わけがあって…、両親の顔はほとんど覚えていないんです」
さくら「…あら…」
光枝さん「親戚の家をいろいろたらい回しされているうちに、だんだん反抗的になって…、
つまりほら、フフ、…不良だったんですよ。
でも、だんだん年取ってきて、『これじゃいけない。私も人並みに家庭持たなくちゃ』
一生懸命そう思って結婚した相手がヤクザもんっていうお粗末」
さくら「…」光枝さんの人生を想うさくらだった。
人の世の辛酸を舐めてきた光枝さん。
この言葉のその向こうに見えない悲しみがある。
光枝さん、タバコの火を消し、時計を見上げて
光枝さん「あらいけない、もう帰らなくっちゃ」
と光枝さんは帰ることに。
みんなに丁寧にお礼を言いながらお辞儀する光枝さん。
寅「あのォ、ほんとにさ、正月になったら遊びに来いよ、な」
光枝さん「うん」
寅は送っていくことに。
光枝さん「いいのよ」
寅、光枝さんの腕を持って
寅「大丈夫大丈夫」
柴又駅前の道
駅の方に向かう二人。
クリスマスもかねた歳末大売出しの音楽が流れる。
大きな音で『ジングルベル』
コサカフルーツ
十字堂
三河屋
寅「まあ、元気出してやれや。
オレは当分ここで暮らして、あんたのことを気にしているからよ」
こういうこと言われると嬉しいよね。
光枝さん「うん。どうもありがとう」
光枝さん、ちょっとためらいながら
光枝さん「…ねえ」
寅「なんだい」
光枝さん「寅さんが、見舞いに来てくれた時…、
家の亭主変なこと言わなかった?」
寅「…!ええ、え、え、なんだっけ?」とドギマギしてしまう寅。
光枝さん「息を引き取る三日か四日前なんだけどね、私にこんなこと言うんだよ。
『もしオレが死んだら、寅の女房になれ』って…、
寅さんにもそう話してあるからって…」
寅「ああ…あのことか…」
光枝さん「…」
寅「…」
光枝さん「寅さん、約束したの?本気で」
寅「ん…ほら、病人の言うことだからよォ…、
ま、適当に相槌打ってたのよ」
光枝さん「ほんとう?」
寅「ああ…、ほんとだよ」
光枝のテーマが静かに流れる
光枝さん、小さく頷いて、
光枝さん「じゃあよかった…。寅さんが本気でそんなこと約束するはずないわね。
ごめんね、失礼なこと言っちゃって。
…私も腹が立ったけどね。
まるで…犬か猫でも人にくれてやるような口きいちゃってさ…」
寅「そりゃそうだよな…」
光枝さん「ほんとに、最後までバカだったね、あの男…」と淋しそうに下を向いて言う。
寅「ほんとうにバカだよなあ…」と自分に言い聞かすように強調する寅だった。
光枝さん、ちょっと躊躇しながら下を向いたままで
光枝さん「安心した。寅さんの気持ち聞いて」
寅「オレは…別にそんなこと気にしちゃいねえから」
光枝さん、どこか淋しげに小さく頷く。
寅の方を見て、微笑み
光枝さん「じゃ、さよなら」
寅「うん、気をつけてな」
光枝さん「うん」
歩いていく光枝さん。
光枝さんの背中を厳しい目で追いかける寅。
光枝さんのことが好きなのだ。
その顔に夕方の柔らかな日差しが当たっている。
光枝さん、もう一度振り向き。
光枝さん「正月は、どこで稼ぐの?」
寅「そうだな、寒いとこは苦手だから、伊豆か、駿河あたりか…」
光枝さん「そう…。しっかり稼いでねェ」光枝さんしか言えない言葉だね。
寅、軽く頷き
寅「ああ」
そして駅に歩いていく淋しい光枝さんの肩をいつまでも見ている寅だった。
そしてやがて下を向いて、
寅もとらやの方へ歩き出すのだった。
光枝さんのあの淋しげな顔はなんなんだろうか。
常三郎が亡くなって一ヶ月ちょっとしかたたないこの時期に、
寅に対して男性として好意を持っているとは考えにくい。
寅が自分の夫とそんなバカげた約束をしたとは考えたくない光枝さんはそのことを確かめ、
そして寅がただ病人のために相槌を打ってやっただけだと知ると、心からホッともするのだ。
しかしあのなにか淋しげな、何か言いたげな表情は…。
女性の心理の奥は誰も計り知る事はできない時がある。
特に男女の関係とは摩訶不思議なものである。
ちなみに最初の脚本段階では、このシーンの光枝さんは、
誤解が解けてほっとした、という感じに書かれていて、
本編のような複雑な表情や目の動きなどの心理描写は書かれていない。
この本編の演出は、
現場でもう一度熟考した山田監督が、光枝さんの心を
寅によりいっそう寄り添わせたかった結果だと言えるだろう。
山田監督は、女性の摩訶不思議な性を表現したのである。
とらや 店
静かに寅が帰ってくる。
皆年の暮れで忙しそうだ。
さくら「おかえんなさい」
おばちゃん「言い人だねェ、寅ちゃん。
今みんなで噂してたんだよ。気立てはよさそうだし、苦労はしているし」
寅「そうかい、そりゃよかったな」と元気が無い。
やがてカバンを持って寅が降りてくる。
旅に出るというのだ。
さくら「どうしたのいったい?」
寅「旅に出るんだよ」
さくら「だ、だって…」
寅「おばちゃん、体気をつけてな」
おばちゃん「ちょっとお待ちよ。あんた、
今度はちゃんと仕事について、所帯もつつもりじゃなかったのかい?」
寅「ふん、ま、そんな夢を見たこともあったっけ」と外へ向かう。
さくら、もう一度押しとどめて。
さくら「お兄ちゃん、今何かあったんじゃない?光枝さんと」
寅、平然と
寅「いや別になにもありゃしねえよ。おまえ、博によろしくな」
と、出て行く寅。
そこへ郵便屋さんが速達を届けに来る。
さくら「お兄ちゃん!これ、お兄ちゃん宛よ」
寅、振り返り、戻る。
寅「誰からだ」
さくら「日の丸物産株式会社」
おいちゃん「寅が試験受けた会社じゃないか!」
さくら、目を輝かせて
さくら「ほら、ちゃんと通知来たじゃないの」
おいちゃんも目を輝かせて
おいちゃん「いいチャンスだぞ!おまえの人生を変える」と寅を指差す。
おばちゃん「そうだよ」
寅「せっかくだから封切ってみるか」と顔が明るくなる。
みんなニコニコ頷く。
さくら「光枝さんとの間になにがあったか知らないけど、
一ヶ月でも二ヶ月でも働いてみたら
あの会社で。ね!!そしたらまた、
新しい世界が開けるかもしれないじゃない。ねえおいちゃん!」
おいちゃんが封を開け、中身を読んでいる。
「うん…」とよどんだ返事をするおいちゃん。
さくら「どうしたの?」
おいちゃん「ん」
寅「なんて書いたんだ?出社はいつだ?」
おいちゃん「見えねえんだよ、メガネが無いから…」
おばちゃん、元気よく手紙を奪って、
おばちゃん「しょうがないね、ちょっと貸してごらんよ。
『このたびは、当社の就職…』私も見えない…」
さくら、おばちゃんから通知を奪って
さくら「なにやってんのよ…」
と通知を読むさくら。
さくら「………」何も言えないで黙っている。
寅、じっとさくらを見つめて
寅「おまえも目悪くなったのか?」
さくら、ちょっと無理に微笑んで
さくら「ごめん…不採用だって…」
寅「…」
寅「フフフ、ハハハ」と笑い出す。
メインテーマがゆっくり流れる。
寅「こらあ、とんだ三枚目だ。へへへへ」
さくら「…」
寅「さて、この寒空に、また旅に出るかァ」と、店先へ歩いていく。
寅「フ!そこが渡世人のつれえところよ、ハハハ!」と去っていく。
さくら「お兄ちゃん!」といつまでも寅の背中を見ているさくら。
泣いてしまうおばちゃん。
悔しくて、辛くて、会社の通知書をビリビリに破いて丸め、
土間に捨ててしまうおいちゃんだった。
第26作「かもめ歌」での定時制高校入学願書の時も、
このたびの就職試験の時も、『社会』というものは
寅のような人間を決して受け入れようとしない。
寅にいくら気持ちがあっても、気持ちや決意や人柄だけでは
この現代社会は決して門戸を開いてはくれないのだ。
これは人間社会の本質の一端が見えるシビアなシーンだった。
G【光枝さんの正月とらや訪問と寅の年賀】
正月 とらや 茶の間
光枝さんが正月のご挨拶に来ている。
みんなで寅の噂をしてている。
さくら「たまには家で一緒にお雑煮食べればいいのに
結局、映画版では寅は48作中一度も正月を過ごす事は無かった。
ちなみに、テレビ版では、寅は正月をとらやで過ごし、人間の幸せについて語り合っている。
光枝さん「でもこの商売はお正月がかきいれ時だから」
こういうこと言えるのは光枝さんだねえ(−−)
さくら「そうね…」
光枝さん「今ごろ…、どこかのお宮の人ごみの中で…、
寅さん、大きな声張り上げてるんだわ、きっと」
この言葉を聞くたびに、光枝さんと寅はお似合いの夫婦になれたんじゃないかって思うのだ。
寅の人生を深く知っている光枝さんだった。
さくら「ハチマキ絞めてね」さくら啖呵バイ一度も見たことないだろ(^^;)
【問題】上級
ちなみに、さくらが寅の啖呵バイを見るチャンスがあったとしたら、寅がたった一回だけ
『柴又駅前』で源ちゃんと一緒にバイをした時があったから、その時に見にいけたとは思う。
なんせ柴又駅前はとらやから歩いて5分だからね。
さて、その、寅の柴又駅前でのバイがあるのは第何作かみなさん分かりますか?
もしこれがどこからの情報も得ず自力で分かっている人は超寅さんマニアです(^^)
二人して「フフフ」
さくらの髪型可愛い〜(^^)
社長やって来る。
社長「ああ〜、じゃあこの方が例のォ…、へえー…」
光枝さん「よろしくお願いいたします」とお辞儀。
社長「よろしくお願いします」とお辞儀。
社長「笛の音の方」と笛吹くポーズ ((((おっとっと(^^;)
博頷く
満男社長に微妙にお年玉催促のポーズ
光枝さん、エプロンを取り出す。
さくら「…?あら、どうしたの?」
光枝さん「お手伝い」
さくら「いいのよォ!そんなこと」
光枝さん「商売は慣れてんのよ。上手よ呼び込みなんか」
光枝さん、店に下りてお客さんに
光枝さん「毎度ありがとうございます。いらっしゃいませ」
表に出て
光枝さん「いらっしゃいませェー!お団子いかがですかァー!
柴又名物草団子。はいいらっしゃい!おいしいお団子いかがですか!」
柴又名物草団子!とらやのお団子いかがですか!」
みんな彼女の仕事振りを惚れ惚れ眺めている。
特に最後まで興味深く見ている吉岡君の表情が実にいい。
彼のこの感性は天才的だ。
こんな上手な呼び込みこのシリーズで聞いたことない。感動してしまった。
音無しさんはほんとうに上手だ。キリッとして口跡が良くて、しびれました。
この呼び込みに遭遇したなら誰だって食べてみようって思うね。
ああ…やっぱり光枝さんは、寅とお似合いだ。
寅からの年賀状が流れ始める。
メインテーマ(第1作のテーマ)
寅の声「新年おめでとう。
昨年中はご迷惑をかけました。
思い起こせば恥ずかしきことの数々
今はひたすら反省の日々を過ごしております。
今年が、とらや一家にとって良き年でありますように。
はるか、駿河の国から祈っております。
正月元旦 とらや御一同様 車寅次郎 拝
H【焼津での愛子との再会】
焼津港
八代亜紀の『もう一度会いたい』が流れている。
「♪恨むことさえ、できない女のほつれ髪〜、
咲いて散る 赤い花 〜…」
愛子が今まさに出航する兄貴のまぐろ漁船を見送りに来ている。
愛子「手紙受け取ったら返事書くんだよォー!!」
愛子「兄ちゃーん!」と、手を振っている。
背後から愛子の肩を叩く手が…
愛子振り向いて
愛子「寅さーん!どうしてェー!!?」と、大きな目を見開いている。
寅「おめえがな、真面目にやってるかどうか心配だから見に来たんだわ、ハハハ」
愛子「わ、ハハハ、ウソー!うわああ」と、寅に抱きつく愛子。
この愛子の緑の花柄ハンテンは第24作で、さくらが着ていたもの。
第26作ではすみれちゃんが着ていたもの。第34作ではなんと寅が着て、
第37作では満男の部屋にかけてあった。流れ流れのハンテンなのである。
寅「なんだ、あの船にアンちゃんのってんだろう、どれだ?」
愛子「あのね、黄色いハチマキした二枚目の男の人いるでしょほら!」
愛子「兄ちゃーん!!この人が寅さんよー!!」
デッキの柵にまたがって力いっぱい叫んでいる兄貴。
寅「おーーい!!まぐろいっぱい獲って来いよォー!!、
金が儲かっても外国の女なんか買うなーァ!!」((((((^^:)
まわりのみんな大爆笑。
寅、手を振りながら
寅「酒もやるなよ〜!博打もするなあ!可愛い妹が待ってるぞー!!」
愛子「タハハハ!!」
愛子「お兄ちゃーん!!」と、力いっぱい手を振り続ける。
愛子の目から涙が…。
そんな愛子を見て兄妹の強い結びつきを感じるとともに、
なんだか自分も、柴又で待つさくらのことをしみじみ思い出す寅だった。
愛子はさくらで、さくらは愛子なのだ。
どこまでも青い空、光る海。
正月 海は快晴である。
終