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未来の幸せが透けて見える 風に揺れる洗濯物 1月22日「寅次郎な日々」その70
「男はつらいよ」の忘れがたいシーンと言えば、寅とさくらの別れのシーンをはじめ、
マドンナとの別れや、再会などが頭をよぎるが、時として、どうでもいいような実にさりげない
場面が、いつまでも頭から離れないこともある。
それが、第32作「口笛を吹く寅次郎」のラストシーンだ。
因島大橋工事現場で働く子連れのレオナルド熊さんが、職場で知り合った再婚相手のあき竹城さんを
偶然再会した寅に紹介するのだが、このあき竹城さんの楽天性が鮮やかである。
でも、ただたんに素朴なのではない。
彼女の人間としての圧倒的な『懐』がさりげない演技から見えて来る。
この素朴で力強い気質を持つ女性によって
この3人の家族はささやかな幸せを掴む現在と未来が見えてくる。
その幸せの象徴が風に揺れる3人の洗濯もの映像だ。
あき竹城さんは、
第26作「寅次郎かもめ歌」でも出演。
物語のラストを鳴門スカイラインで
彼女の山形の方言を交えた明るい笑いの中で締めくくってくれる。
もちろん設定的には北海道の奥尻島のイカ工場のおばちゃん。
この「かもめ歌」のラストでも彼女の空気はスカッと明るい。
ひとつのせつない物語のラストをこんな鮮やかなハッピーエンドに変えてくれるのは
あき竹城さんだけだ。本当に懐の深い貴重な役者さんだった。
やはりこのシリーズ、
ハッピーエンドの女神は、このあき竹城さん、
そして第14作「寅次郎子守歌」で呼子港の踊り子を演じた春川ますみさんだ。
この映画の奥行きは、
このような本物の役者さんが、しめるべきところでしめていると言う点に現れている。
山田洋次監督はレギュラー陣だけでなく、
このような脇の役者さんの隠された力を引き出させるのが実に巧い。
でも、もう、・・・
あの眼とあの声を持ったあき竹城さんはこの世界にはいない。
■第32作「口笛を吹く寅次郎」 本編ラスト付近↓
レオナルド熊を見つけ
笑いながら勢いよく店を駆け出していく寅。
車が横切る
ププ〜
寅、走りながら熊さんに呼びかける。
寅「よお!」
ボォ〜・・
立て看板
祝完成 本四築橋 因島大橋
ボォ〜・・
寅「やっぱりいつかの!」
熊さん「大将〜いや〜その節はお世話になりました、
いやだ、こんなところで
お目にかかれるなんてエ〜」
寅「うん、ここで働いてんのかい?」
熊さん「うん、その橋の工事現場でね〜」
寅「あ〜、そうかい、うーん、」
寅、あき竹城さんを見て、熊さんに
寅「それで・・」
熊さん「え?アハハハハ・・ひゃ、
飯場の、炊事場にいた女なんだけどね、
気が合うっちゅうか、なんちゅうか、おい、挨拶しろ」
あきさん「え?」
あき竹城さん、恥ずかしそうに、
目をあまり合わさずペコっとお辞儀。
彼女のこの素朴さがなんともいいねえ。
寅「そうかい、そう言うことだったのかい、
お姉ちゃん、よかったな、
きれいなお母ちゃんができて、ねえ」
あきさん大いに照れる。
熊さん「きれえなんて、そんな・・・」
と、一緒にてれてる。
ボォ〜・・
寅「お、船呼んでる、船」
熊さん「あ、そうだ・・あんたも一緒?」
寅「そうそうそう」
熊さん「あ」
あきさん「あれえ〜〜!!」
熊さん「あ?何?どうした?」
あきさん「洗濯もん取り込むの忘れたよ」
方言が残るこの言葉に彼女の正直さと素朴さが滲み出ている。
熊さん「何言ってんだ、そんな事ででかい声出すなよ」
寅「アハハハ」
寄宿舎の熊さんたちの家の庭先
真っ青な空に
子供や熊さんたちの洗濯物が
爽やかにひるがえっている。
ボォ〜・・
因島大橋の下を連絡船が通っていく
因島大橋が映って
なにか事件や出来事がおこるわけでもなく
全く平凡な日常。昨日と同じ今日がある。
風にゆれる洗濯物。
そこに確かに家族が暮らしている。
そのこと以外に人間の幸福があるはずもない。
この映画は、家族がただ平凡に暮らし、
ご飯を食べ、洗濯をし、子供を育て、
寝かしつけ、洗濯物を干す…。
そのような日常をさりげなく、そして丁寧に描いている。
いつの日か、子供が家族のもとを離れ、
それぞれの人生を旅するときがきても、
幼き日の、風にゆれる洗濯物の原風景を
心の奥にいだき続けていくのだろう。
あの何気ない洗濯ものの風景の中にこの長い大河映画の一番奥の核心がある。
あき竹城さん 心よりご冥福をお祈りいたします。
【番外編】
2014年 ロケ地めぐり 『風にたなびく洗濯もの』再現動画
因島大橋付近
https://youtu.be/XCG6rqgj65k
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