寅次郎音楽旅 寅さんの言葉
男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば】
友人の佐藤利明さんがプロデュースした作品。
もちろん彼が大きな骨格であるコンセプトを決め、曲や言葉をセレクトし、
そして全体を俯瞰的に監修された寅さん最新作CDだ。
寅次郎音楽旅の4作目。
いや、もう、4月からこのかたずっと4つの連続展覧会で多忙が続き、
ちょっとした合間の休日も仲間との「ロケ地めぐり」が続き、
そしてその事後処理とサイトへの記事アップが続き、
ようやくそれが一段落した今、
1ヶ月半間寝かせて熟成させておいた、この
「男はつらいよ 寅次郎音楽旅 【寅さんのことば】」を聴いている。
相変わらず使われているスチール写真は貴重で美しいものばかり。
佐藤さんの手にかけたものは、とにかく本の時もCDの時も常にスチールは絶品。
もうね、音楽聴く前に、このスチールだけでわかるでしょ、内容の充実が。
昔からまあ、寅さん名言集なるCDはいくつかは出ている。
しかし、佐藤さんはその名言とそれに関係した音楽を組み合わせた。
ここまで徹底した融合と数は日本初の試み。
こうしてセリフと音楽を混ぜて聴いていると不思議な臨場感に包まれていく。
なんだかこういうのは初めての体験。
これこそ映画の音楽(劇伴)の醍醐味なんだろう。
今回CDは2枚組み。
寅の「言葉」が本編から直接90箇所選ばれている。
そしてそれに関連させた音楽がオリジナル音源から108曲。
合計198トラックをCD2枚にちりばめている。200近い収録って、ものすごい数だ^^;
もとより、佐藤さんは佐藤さんの眼があり耳がある。
6歳からこの映画に親しみ、感覚を熟成させてきた言葉のセレクションがある。
たとえば第8作「恋歌」OPで、雨の日に旅の坂東鶴八郎一座を励ます寅の言葉、
「まあ、こんなことはいつまで続くもんじゃねえよ。
今夜中にこの雨もカラッと上がって明日はきっと気持ちのいい日本晴れだ。
お互いにくよくよしねえでがんばりましょう」
あのあと、大空小百合ちゃんとのやり取りの中で流れる曲ががいいんだな〜。名曲ですね。
もちろんその曲も収録されている。
そして同じく坂東鶴八郎一座とのささやかな再会と別れを描いたあの
第18作「純情詩集」で、別所温泉での早朝の別れのせつなの言葉。
「おーい、
しっかりやれよお!
またいつか、日本のどっかできっと会おうな!」
このあたりの旅人どうしの一期一会の地味な味わいを入れるのが佐藤さんの眼。
そしてコアなファンたちが待ちに待っていた
第23作「翔んでる〜」の布施明さんが歌う「とまり木」のセレクト
これもこの歌の詞の持つ重要さをわかっている佐藤さんの優れた感覚。
そしてこのシリーズの中でも出色の寅のセリフ。
第27作「浪花の恋の〜」の中で、失意のどん底のふみさんや弟の恋人を慰めるあの言葉。
あの言葉によって私たちはどれほど慰められたかしれない。
「そら、今は悲しいだろうけどさ、ね、
月日が経ちゃあ、どんどん忘れていくもんなんだよ.
忘れるってのは、ほんとうにいいことだなぁ…」
第29作の丹後伊根の波打ち際での、失意のかがりさんへの言葉。
あの言葉は万人の男女の胸にしみる。
「そりゃ、こっちが惚れてるぶん、向こうもこっちに
惚れてくれりゃあ、世の中に失恋なんてのは
なくなっちゃうからな」
また、第38作「知床慕情」ラストの寅のハガキ
「暑中御見舞い申し上げます・・」
これを渥美さんは
「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」と独特の言い回しで渋くナレーションでつぶやく。
この味わいのある渥美さんの「しょちゅう・・・」のセリフを佐藤さんはなにげに拾うのだ。
この独特の言い方である 「しょちゅう・・・おんみまいもうしあげます」は
私もいつか誰かに必ず言ってみたいと昔から思っている言葉だ。
第47作「拝啓車寅次郎様」で寅がとらやで満男に鉛筆を売るバイを見せてやるのだが
その鉛筆の話の中で、母親の話をとつとつとするあの「寅のアリア」なども選ばれている。
あのアリアは私が大好きな話。
あの話の中の母親とは、実はさくらのお母さんとの思い出なのだ。
産みの母親に恵まれなかった悲しく孤独な寅に、血のつながりの有無を超えて
寄り添い、分け隔て無く育てたさくらのお母さん。
少年期のデリケートな寅の心のひだを垣間見る美しいアリアだった。
そのような寅の心の琴線を繊細な佐藤さんは必ず拾い上げてくれる。
そして嬉しいことに、
音楽も今回もまた20曲近い本編未発表バージョンを惜しげも無く収録された。
この世の中に初めて出る約20曲を聴くためにだけこのCDを買っていいのだ。
今回も含めて、今まで出された「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」の音楽CD4つは
昔から数々の音楽のプロデュースを仕事にされてる佐藤利明さんの結晶とも言える。
この仕事は、世の中での影響力も含めて
彼のこれまでのあらゆる仕事の中心のひとつとなる大きな仕事とも言えると私は思っている。
そういえば、大きな仕事と言えば、もちろん震災の年に始まって、もう3年以上続いている
文化放送の「みんなの寅さん」も確かに影響力のあるもの凄く大きな仕事だが、
かつて6年ほど前にCS衛星劇場「私の寅さん」で、佐藤さんは、2年間の長きにわたって
「男はつらいよ」の数々のスタッフやキャストに本質的な内容のロングインタビューをしていったのだ。
彼のあの腰が入った強い踏み込みによる濃密な仕事こそが、誰もできない佐藤さんならではの
偉大な仕事だったと今でもしみじみ思う。
山田監督へのインタビューにしても、
数年前に行ったNHKの「100年インタビュー」なんかよりCS衛星劇場での佐藤さんと山田監督の
やり取りのほうが山田監督がそれまで言わなかった隠された本質的な会話が多く、
その美しいキャッチボールを見ながら心が心底震えた記憶がある。
あの衛星劇場での数々のインタビューの仕事こそが歴史の長い淘汰にこれからも耐えていくだろう。
私もかつて自分のサイトでこのことは紹介した↓
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi24.html#391
そして上にも書いたように
もうひとつの男はつらいよに関する濃密な仕事。
それがこの「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」シリーズ 4つ(CDにして9枚)というわけだ。
深くこの男はつらいよシリーズを知りすぎたゆえの、愛しすぎたゆえの一人相撲に見える孤高、孤独。
そしてその積み上げたプライドを無理やり自ら打ち破り、格闘し、
彼が長い歳月をかけてこの映画から培った愛情のエキスを
この乾燥しきった世知辛く複雑な世の中にあえてわかりやすく優しく、
しかし深く深く本質をこそ何が何でも伝えようとする不断の錬金術的努力。
その結実が、あの歴史を作った衛星劇場の濃密な掘り下げインタビューであり、
みんなのための文化放送の番組であり、誰でも気軽に読める東京新聞の寅さん記事であり、
そして、明快なコンセプトのもと、膨大な音源を収録し続けているこの寅次郎音楽旅シリーズだ。
まったくこの映画が好きじゃないと到底できない凄まじいバイタリティと言えるだろう。
いったいどこまで行く気なんだろう。
ちょっと忙しすぎるのでお体を大切にしてほしい。
それにしても、数々の行動が早すぎて追いつけないよ まったく ふ〜〜〜 ┐('〜`;)┌
。
寅さんのことば
友人の映画評論家である佐藤利明さんが
昨年6月から10月にかけて、東京新聞、中日新聞、北陸中日新聞夕刊に連載した
「寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」をバリに行く直前に手に入れた。
東京地区では東京新聞、中京地区では中日新聞と、
二つの版元から同一の書籍を刊行している。
佐藤さんの寅さん歴は長く、
6歳の時、ご家族と銀座の映画館で第一作『男はつらいよ』を観られたことがきっかけ。
だから彼の場合、寅さん歴がただ長いだけでなく、
柔らかな少年時代の「三つ子の魂」が入っている。
すでにたくさん巷にあふれている寅さん本とどこが違うかと言えば
「愛情」と「懐」の桁が違う。
深い内容を極力優しい言葉で実に的確に書いてあるのだ。
使われているスチールもかなり珠玉。このスチールだけで「懐」がわかる。
別に友人だからってあえて無理やり宣伝しているわけではない。
はっきり言って一般の新聞に書かれた内容なので、
特別マニアックなことや裏話をバンバン書いてある類の本ではないが
それぞれの作品や俳優さんのことを長く深く知り尽くしていないと言えない
「言葉」と「流れ」がそこにある。
ものごとを愛し、そしてきっちり骨の髄まで理解しつくすというのは
こういうことなんだなと思わせてくれる文章。
彼の音楽CDも、ラジオ番組も、この本も、1年や2年の付け焼刃じゃないところがいいのだ。
それゆえ、数々のCDはもちろんのこと、
この本も誰でもわかるように実にわかりやすく書いてあるにもかかわらず
かなりコアな寅さんファンがじっくり読んでも結構面白いのではないだろうか。
というか・・・
この本に他の寅本にない何かを感じない寅さんファンは偽者である。
この本は寅さんのマニアックな詳細情報や特ダネを見せびらかす本ではない。
実はなかなかおいしい情報やマニアックな内容もそれぞれ十分に入っているのだが
それよりも、もっと大きな流れを掴んでほしい。
一人のちっちゃな佐藤少年が、長い長い歳月をかけて
ある映画シリーズからはぐくまれた愛情と深い懐の軌跡を感じ取る本だと思う。