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お気楽コラム


寅次郎な日々

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その109〜その131まで


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『同胞』の深い懐 3つのラストシーン(2006,3,24)

超ユニークな河野秀子さん(2006,3,23)

忘れられない『てつや君』のエピソード(2006,3,22)

若菜さんの侮れない野球センス(2006,3,21)

ふじ子さんも同じく勇み足?(2006,3,20)

早苗さんの勇み足(2006、3、19)

私の好きなポスター.ベスト4(2006、3、18)

すまけいさんの静かな凄み(2006、3、17)

加納作次郎の言葉(2006、3、16)

りつ子さんのスペイン遊学の財源(2006、3、15)

おばちゃんの子守唄(2006、3、14

三彩茶碗とエメラルドの指輪(2006、3、13

ふみさんの最後の涙(2006、3、12

諏訪家と黒板家(2006、3、11

吉田日出子さんの思ったこと(2006、3、10)

青春期の『男はつらいよ』(2006、3、9)

寅と兵馬のやり取りの妙(2006、3、8)

光枝さんの気持ちの『ほんとう』(2006、3、7)

民子のミニギャグ(2006、3、6)

虻田さんの存在の大きさ(2006、3、5)

『遥かなる山の呼び声』の吉岡秀隆さん(2006、3、4)

『故郷』の中の谷よしのさん(2006、3、3)

谷よしのさんだけが出せる『安らぎ』(2006、3、2)

『ただじゃすまない男』のイメージ(2006,3,1)



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『寅次郎な日々』バックナンバー







『同胞』の深い懐 3つのラストシーン    3月24日「寅次郎な日々」その131



今日も『同胞』でいきましょう。

松尾村の青年会主催の公演「ふるさと」は大成功に終わり、河野さんは岩手松尾駅で
理事会の若者たちと最後の別れを惜しむ。

彼女のカバンがもうかなりヨレヨレになっていたことを知っていた彼らは黒字になったので、
その中から河野さんに新しいショルダーバックをプレゼントする。

そして出会いの頃の戸惑いと、何度も挫折しそうになったこと、そしてそれを乗り越え、
計画を立て、準備をし、がむしゃらになって実行したことをお互いに思い出してしまい、
河野さんも彼らも目を潤ませてしまう。青春の可能性というのはいつも意外性に満ちている。
大人たちがわけ知り顔であらかじめ予想することよりも彼らは常に一歩先を行くのだ。


河野さんは言う
「私、今度もまた、教えられたわ、ほんとうにどうもありがとう…」

カセットテープを押し「ふるさと」が流れるという演出(^^;)に河野さんは笑いながらも遂に
感極まってしまう。
みんなと握手し、言葉を交わしながらも汽車は彼らからどんどん遠ざかっていく。




                






そのあと、彼女は静かに座席に座って感慨にむせび泣くのである。


ああ、いいラストシーンだと思っていたら、突然窓の外遠くでクラクションの音!

彼らのジープが汽車を追って猛スピードで走ってくるではないか。乗っているのは
高志と茂と菊池だった。彼らは叫ぶ「がんばれー!!」

河野さんは窓から精一杯手を振り叫びそして涙がまた流れる。
「手紙ちょうだ…いね!」



                




ああ、これで今度こそ終わりなんだと、見ているこちらも胸が熱くなっていると、今度は
3ヵ月後、高志の河野さんへの手紙があり、秋の収穫時の黄金色に染まる美しい松尾村が映っていく。

そして、その直後、雨上がりの北海道の夕張が映る。今日、河野さんは炭鉱の町夕張にいるのだ。
この町の青年会の青年と打ち合わせを終えて、今、駅への道を歩いている。

その道すがら彼女はあの松尾村に初めて着いたあの日のように「ふるさと」を口ずさむ。
その肩には松尾村の若者たちからプレゼントされた新しいショルダーバックが光っていた。



彼女の後姿が小さくなって行き、配役が上から出なく左から右へ流れていく。この横への動きは
とても心地よく、安定した余韻がいつまでも残る流れだった。





               






河野さんは今、夕張の町の青年会の人たちと関わっている。あの炭鉱長屋は
「幸福の黄色いハンカチ」の勇作と光枝さんの家の近くかもしれない。

「幸福の黄色いハンカチ」が制作されたのはそれから2年後のことだ。




ところで、

山田監督はこの20年後の1995年に松尾村のことを想い、ある言葉を彼らのために寄せたと言う。



「松尾村の若者たちと一緒に汗を流して

映画「同胞」を作り上げた あの輝かしい思い出を、

僕と僕のスタッフは一生忘れないだろう。  山田洋次 」





私はもう一度言いたい。
誰がなんと言おうと私はあの映画が好きだ。
あの映画のスッタッフや出演者の方たちと同時代に生きる事ができたしあわせを今日もかみ締めている。





明日からタイのバンコクに出張します。バリに戻ってくるのは1週間後の4月2日です。
それゆえ3月25日から4月1日までは「寅次郎の日々」はお休みです。御了承ください。




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130



『寅次郎な日々』バックナンバー          





超ユニークな河野秀子さん    3月23日「寅次郎な日々」その130





今日も映画「同胞」の続き。

松尾村の青年たちが河野秀子さんを信用したのは、彼女の熱意や誠実さによるところが多いが、
もうひとつ、意外にも彼女の元気であわてん坊でひょうきんな部分を見て、人の良さを感じた、と
いうことがあるかもしれない。

実際あの映画の中で河野さんは実に変わっていた。

まず、いきなり雪の中、5キロ!の道のりを平気で歌を歌いながら高志の家までつんのめるような
格好でせかせか歩いて訪ねて来た。最後はバテバテ(^^;)

牛のお産と、人間のお産を間違えたりしていきなり「面白い人」の太鼓判を高志のお母さんから押される(^^;)
河野さん曰く「人間飼ってらっしゃる…いや違う違う牛飼ってらっしゃると…」と、またもやとちって笑い転げていた。

理事会のあと、忠治の店で、てつや君と実に楽しそうにダンスを踊る河野さんもなかなかの人間模様だった。



佳代子ちゃんの家に泊まった時も風呂場に行こうとして、廊下に出ようとしたら押入れを開けてしまう。
ようやく下に下りて戸を開けたら今度はトイレと風呂間違えてしまう。
笑いながら違う戸を開けたらまた風呂場とは違う部屋…。寅も顔負け3連チャンギャグである。
ようやくお母さんに教えられて風呂場にたどり着いていた。

というわけで佳代子ちゃんのお母さんにも「面白い人」の太鼓判を押されていた。



ちなみに、高志のお母さんはテレビ版のおばちゃんの杉山とく子さん
佳代子ちゃんのお母さんは映画版のおばちゃん役の三崎千恵子さん。




公演が後数日に迫った日、高志にチケット売れてないと冗談を言われて、「こいつ〜!」って言いながら
高志を追いかけまくって、子供のように藁を投げつけているおてんばな場面も忘れがたい。




           





公演が差し迫ったある日、営利事業に中学校の体育館を貸せないと校長に言われて
「それなら無料で公演します」って言ってしまう!という、劇団の運営をたった一人でいとも簡単に
破壊しかねない超スーパー無鉄砲さも凄みがあった。(^^;)
大雅堂の海坊主校長もその心意気に心を動かされ、ようやくOKを出した始末。



公演が終わり、最後にも、大事なギャラを公民館に置いてくるという究極のあわてん坊ぶりを
しっかり発揮してみんなにいよいよあきれられていた。あ〜あ…(^^;)




           





喜怒哀楽の塊のようなこの人はやっぱり信用できる!うん。






また明日もう一回「同胞」を書きましょう。



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129



                          
『寅次郎な日々』バックナンバー







忘れられない『てつや君』のエピソード    3月22日「寅次郎な日々」その129


以前このページで、寅のハンテンの特集をしたことがあるが、今日、映画「同胞」を見ていたらなんと、
倍賞さん扮する主人公の河野秀子さんが、カヨちゃんの家に泊まった時に着ていたあのハンテンが、
寅の着ていたハンテンと同じだった。それも第8作「寅次郎恋歌」で諏訪ひょう一郎さんの家で羽織って
いたものだったから驚き。
岩手の奥深い農村、松尾村と岡山の高梁との交流があったのだろうか?そんなわけないって…(^^;)
そういえば第26作のすみれちゃんが北海道奥尻で着ていたハンテンも柴又のさくらの家にあるハンテンと
同じだった。そのハンテンは後に第28作で愛子も着ていたので、同じハンテンが何枚も全国を回っている
ようである。




     
                「寅次郎恋歌」のハンテンを着る倍賞さん
                    




それはそうとあの「同胞」という映画を毛嫌いする人はとても多い。
好きな人を探すのが難しいくらいだ。ちなみに私は大好きだ。誰がなんと言おうが大好きだ。
首を傾げざるを得ない演出の不具合もあるが、それ以上に静かな感動がある。
まあ、その具体的な話は後日するとして、今日は「てつや君」の話。


この映画で、ある一人の郵便局に勤める「てつや」という素朴で実直な青年が出てくる。この村で実際に
郵便局に勤めている青年だ。


彼はその昔「ミス農協」を好きになる。そしてラブレターを書いて郵送する。
彼は郵便局員なので職業がら、その手紙をミス農協の家に運ぶことになってしまう。
ミス農協は「お断りの返事」を彼に差し出すためにポストに入れた。その手紙を、また職業がら彼は
自分の家に運ぶ羽目になったのである。

映画ではこの逸話を忠治役の赤塚真人さんが面白おかしく河野さんに話していたが、実に巧い脚本だなあ…、と
長い間私は感心していたのだが、このDVDについている山田監督が語る裏話を見た時、それが実は事実だった
ことに驚き、より一層変に感心してしまった(^^;)




                 





彼はもちろん、郵便局に勤めているので、俳優さんではない。あの映画以降、俳優への誘いも蹴って
地道にまた郵便局に勤め続けていらっしゃる。
映画の中のあの失恋の逸話も切なく輝いていたが、彼も切なく輝いていた。いつまでも忘れられない人だ。

しかし、彼を含めたあの松尾村の若者たちの奥深い存在感はなんなのだろう。これがこの映画の最も
大きな魅力だ。俳優では出せないあのリアリティ。

あの松尾村の青年団はこの映画撮影の前年に実際に「ふるさと」を主催し、大成功させている!ので、
彼らの演技にどこかしら自信とリアリティが出ていたのかもしれない。





話は変わるが、
実は…、あの「同胞」で、ひとつ今でも腑に落ちないことがある。
「ふるさと」を主催するかどうかで、青年団でもめにもめるのだが、誰もその演劇を見たことがないのだ。
このことも長くもめた一因になっている。

これはやっぱり理事会の何人かは見ておくべきだったと思う。
統一劇場は河野さんの話によると、1年に100回は各地で公演するらしいので、青年団の役員が何人かで
日帰りでいける県へ出かけ、見に行ってくるのがベスト。もし、仕事が忙しかったり、お金の問題でできないのであれば、
逆に河野さんが過去の演劇のハイライトでもいいから8ミリ映写機で撮った映像を見せれなかったのだろうか。もしくは
それもできないのであれば、それに準ずるスライドなどで、なるべくリアルにその演劇の様子や他の県の青年団の主催の
様子などを彼らに紹介しないといけないのではなかっただろうか。河野さんの言葉だけではちょっと無理がある。


見たこともない演劇を、台本のコピーやパンフレットだけ渡されて、それで応援するということは、ある意味逆に劇団に
対しても失礼な話だし、劇団側も資料提出が不十分だと言わざるを得ない。
その「演劇」が実際に気に入ったからわざわざ主催し、応援するするのだ。だからこそ、チケットを買ってもらう時にも説得力が
出るのだと思う。

まあでも河野さんの人間性と熱意を見て、間違いなくすばらしい演劇だと信じた彼ら松尾村の若者たちの目は正しかった
ともいえる。


以前にも書いたが、この映画は、いろいろ難点はあれど、そんなものを遥かに凌駕する若者たちの熱き想いが見る者の心を
優しく洗ってくれるけれんのない映画だ。



明日も、もう一回「同胞」についてつらつらと書こうかなあ…





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128



                          
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若菜さんの侮れない野球センス    3月21日「寅次郎な日々」その128


WBCで日本が優勝した。
いろいろ厳しいハンデの中、チーム一丸となってバランスの取れたチーム力で
粘って粘ってもぎとった世界一だった。

久しぶりに野球で感動した。



「男はつらいよ」のなかでも野球の試合が2度出てくる。


1度目は第16作「葛飾立志篇」でのSBC大会(柴又ベースボールコメディ.参加チーム2)の
あの息詰まる『考古学チーム』と『朝日タコーズ』の熱戦がまず思い出されるだろう。

礼子さんの魅力に惑わされるボブ轟巡査のえこひいきや田所教授のタバコで煙にまく忍者まがいの
作戦にもめげず、博が活躍、お互いルール御無用(^^;)の大接戦だった。




               




2度目は第35作「寅次郎恋愛塾」での朝日タコーズと柴又商店街のごちゃまぜ練習試合である。
この時は源ちゃんも備後屋さんもゆかりちゃんもヘロヘロな動きだった。

この中で是非「朝日タコーズ」に入団して欲しい人材が一人いる。


それはマドンナの江上若菜さんである。
白山下交差点近くの『富士見コーポ』に住む写植師である。博と同業。

彼女は見た目は細い。いかにもスポーツ音痴にみえる。
しかし実はまれに見る野球センスの持ち主である。
高校野球をしていた私がいうのだから間違いない(^^;)

そう思ったわけは実は3つある。

まず若菜さんの近くに上がったファールフライを若菜さんはビビルことなくしっかり素手で
捕るのである。

これは野球をやった人はよく分かっていると思うが、キャッチャーフライに近いものは回転が
複雑で、グローブがあってもソフトボールではよくはじいてしまうのである。それがいとも
簡単に掴んでしまう。

次にさりげなく博にボールを投げるのだが、見事に博の胸の部分に投げていた。
これもウォーミングアップもなしにいきなり投げて相手の胸元にしっかり返すのはなかなか難しいのだ。

そして最後は、あのバッティング!素振りがまずなかなかのフォーム。
そしてかる〜く救い上げて、外野の後方へ飛ばしていた。
おそらく無駄な力が入らず、ミートの瞬間に上手に力をバットに乗せているのだろう。
気持ちのいい打撃センスだ。ウ〜ム凄い…(^^;)





               





なによりも彼女は写植ができるので、朝日印刷にはもってこい!

しかし、最後の難関は夫の民夫が故郷秋田の学校教師なので、秋田に行ってしまったということだ。
単身赴任をしてまであのお遊び「朝日タコーズ」に肩入れする筋合いは…ないか…ああ残念!




また明日






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127



                          
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ふじ子さんも同じく勇み足?    3月19日「寅次郎な日々」その127


魔性の女性大原麗子さんが、その美しさに磨きをかけて再登場したのが
第34作「寅次郎真実一路」である。
この時もなんと彼女は人妻の役。もちろんこの時はさすがに離婚はしない。

しかし、夫が失踪してしまうのである。
ふじ子さんは、いろいろ夫と縁があった寅と二人で夫を鹿児島まで探しに行くのだが、
夫が失踪して滅入っている彼女を寅がずっと励まし、慰める続けるのである。

もちろん心の中では人妻のふじ子さんを愛してしまっている自分がいるわけだ。
そして失踪した夫が死ぬことを考えてしまう恐ろしい自分と闘う、というシリアスな物語だ。




              




ただし、ふじ子さんも、夫がいるというのに寅に惚れてしまって…、という
ことではなく、ひたすら寅を夫の友人、自分たちの恩人として考えているのだが、
鹿児島の宿で、変な噂が立たないようにすぐにふじ子さんの部屋から出てタクシーの
運転手の家に行こうとする寅を、「もう一部屋取ればいいじゃない」と、引きとめるシーンが
ある。

その時ふじ子さんは「つまんない寅さん…」と言うのである。

これはどういう意味だろうか。
愛する夫が失踪し、息子を家に残して、半泣きで寅と一緒に探し回っている最中なんだから、
ある意味、「つまんない」のは当たり前で、そんなことをわざわざ中年独身男性に言うことは
状況から考えて不可思議だと言わざるを得ない。変な誤解をされる場合もある。

物語を『ちょっと危うい感じにしたい』という演出かもしれないが、これではふじ子さんの人格が
疑われるし、彼女の切実さや悲しみとのバランスも取れない。

大原麗子さんにああいう発言をさせてみたい、という欲求はとても痛いほど分かるが(^^;)ゞ
ここは、ぐっ〜〜っと、その欲求を堪えて、
「どうして…?そんな遠慮しなくたっていいのに…、でもありがとう、気を使ってくださって…」
くらいのことを美しく演出したほうがよかったのではないだろうか。




              




ここは、あくまでも寅が一人で惚れてしまって七転八倒悩めばいいわけで、ふじ子さんは
未だ悲しみの中に埋没しているのが自然だなんて思うのは、ちょっと真面目すぎるでしょうか。




また明日


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126



                          
『寅次郎な日々』バックナンバー







早苗さんの勇み足    3月19日「寅次郎な日々」その126




人は苦しい時悲しい時に他人に慰められると、ほんとうに嬉しいものだ。

ハイビスカスの花のリリーが一番いい例だが、寅次郎夢枕のお千代さんも
寅の優しさに泣いてしまった。

そして第22作「噂の寅次郎」で離婚をしてしまった早苗さんも寅の優しさに救われる
のである。

寅はなんとか茶の間で早苗さんの心を和まそうとするのだが、例の如く全て
裏目に出る。

宝くじにドーンと当たった、空から一万円札がヒラヒラヒラヒラ落ちてきた、
、裏庭をちょっと掘ったら小判がザクザク出てきたと、わけのわからない
例えをする寅。

おばちゃんは下水工事で掘り返して水道管に穴あけてぐちゃぐちゃになった話。
それ明るくないって(^^;)

麒麟堂に双子ができた。とせっかくさくらが明るい話をしたのに、
タコ社長が、『離婚』という言葉を出してしまって没。(^^;)

それでも満男が国語で100点取ったって喜んでいた博。
寅曰く「伯父さんに似たんだな」
その直後に理科の30点がバレて、博怒り心頭。 
満男曰く『惨め〜』
おいちゃん曰く「伯父さんに似たか」(^^;)





          





で、早苗さん自ら手を上げて

早苗「ハイ!明るい話題」

寅「ハイ、なんでしょう」

早苗「あのね、私の人生で寅さんに会ったってこと」

一同シ〜〜〜ン


ここまではなんとかよかったのだが、
そのあと帰り際に、寅にこう言うのだ。


「あたし…寅さん好きよ!」





          





さくらの言うように、よほど、この夜の団欒がうれしかったのだろうが、
この発言には疑問が残る。
だいたい、いくら心を慰めてもらったとはいえ、この日は早苗さんが夫と離婚した
ばかりなのだ。


これは間違っても「愛の告白」ではない。

あの第14作「寅次郎子守唄」で愛を告白する弥太郎青年の
あの恋心とは異質のものである。

寅は齢四十を越えている独身の男である。

『寅に好意を持ちはじめた』くらいでいくら嬉しくてもちょっと言いすぎではないか、と
思ってしまうのである。ましてやあの魔性の大原麗子さんのあの目で言われると、
寅でなくても誤解をしてしまう(^^;)

この早苗さんの『勇み足』が寅の恋を加速させ、結果的に悲しませてしまう
ことにも繋がっていくのである。

しかし、実は早苗さんも寅のことを好きになりかけてたのかもしれない。
そしてその心を持ったまま別れが来るのがせめてもの救いかとも思った。



ラストでなにか言いたげだった早苗。

早苗「あたしね…」

寅「明日聞くよ、早く行かないと間にあわねえぞ、な」

寅はやっぱりカッコよくてそして哀しい…。



この物語の失恋は『得恋的失恋』の枠に入れてよいかもと思っている。




          






また明日






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125



                          
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私の好きなポスター.ベスト4    3月18日「寅次郎な日々」その125





バリ島の私の部屋には第7作「奮闘篇」のポスターが大きく貼ってある。寅さん記念館に
売っているものの中で好きなポスターを選んで何枚かバリに持ってきたのだ。
この「奮闘篇」のポスターは48作品の中でも最も好きなポスターの一つだ。
寅の晴れやかな正面顔、さくらのいい表情、疾走する蒸気機関車。オーソドックスで
普遍的なポスターである。

男はつらいよのポスターは、みなさんご承知の通り『泥臭い』『どんくさい』
なんじゃこりゃっていうような変なポスターも時々ある(^^;)
しかし、そのいかにも松竹的などんくささも実は、私はそんなに嫌いではない。
あれはあれでエキゾチックである。

結構カッコいいと評判の「たそがれ清兵衛」「隠し剣鬼の爪」のポスターは確かに目新しさを狙い、
お金もかけ、そして成功してもいるが、この後100年の歴史に文化的に耐えられるのは
意外にも「第7作奮闘篇」のオーソドックスなどんくさいポスターの方かもしれない。





                 









「奮闘篇」以外のポスターでは第10作「寅次郎夢枕」のポスターも好きだ。夕暮れ時、
お千代さんが題経寺山門で雨宿りをする寅に傘を持って来てあげるカットがなんとも美しい。

第11作「寅次郎忘れな草」のポスターも大好き。寅の肩に頬を寄せるリリーの表情が
実にいいのだ。ポスターに書いてあるセリフがこれまた渋い。


『ほら、逢っている時はなんとも思わねえけど、別れた後で妙に思い出すひとがいますね。
…そういう女でしたよ、あれは』





                








「第15作寅次郎相合い傘」のポスターも、寅とリリーの表情が生き生きして弾けた感じでいい。
この二人が最も人生で華やいでいた時期の笑顔だ。



この4つのポスターが総合的にダントツ好き。



ポスターの中のセリフだけで言うと渋いのは「第9作柴又慕情」のポスターのセリフ


『ほら、見なよ、あの雲が誘うのよ。

ただそれだけのことよ』



それにしてもいつも思うことは、ポスターの中のさくらの写真はなぜああも可哀相な写り
なのだろうか。まったく似ていない写りの顔が多く、しかも同じ写真を何度も使われていたりする。


さくら〜(TT)





また明日



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124



                          
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すまけいさんの静かな凄み    3月17日「寅次郎な日々」その124



かつて『すまけいとその仲間』を結成し、アングラ演劇の数々の伝説的舞台を生み出し
『アングラの帝王』の名をほしいままにしたすまけいさん。72年突然解散。
以後13年間、演劇活動から離れ印刷会社の校正係として暮らしていたらしい。
そのようなすまけいさんがこのシリーズに出演されたのは、その長い沈黙から抜け出した
直後だったように思う。


第37作「幸福の青い鳥」で飯塚の『嘉穂劇場』が出てくるが、
そこの従業員「伊藤興行部」のおじさん役で私たちの度肝を抜く。

寅の雪駄の音にあわせて
歌舞伎の勧進帳クライマックス、弁慶の『飛び六方』を演じるが、
これが実に様になっているのである。

寅思わず「チョーッ!高麗屋〜!!」




               





この演技によって、この人の実力はただもんじゃないな、と私たちに知らせてくれたのだ。


その後第38作、第39作、第40作、第46作、第47作、と山田監督は
立て続けに彼を採用している。

第38作ではご自分の生まれ故郷の国後島を間近に見ることが出来る知床の船長として出演された。
すまさんの感慨は随分深かったのではないだろうか…。


これらの中で、私が忘れられないすまけいさんの演技がある。

第40作「寅次郎サラダ記念日」で登場する小諸病院の院長先生である。


末期医療のことや、自分の息子との同居のことで悩む真知子先生。
小諸病院を辞めて、しばらく自分を見つめ直したい、先のことをじっくり考えたいと
申し出た真知子先生を院長は真剣な顔で一喝するのだ。

院長「自分を見つめたいか…、結構ですねえ。寅さんの言葉を借りるなら、
結構毛だらけ猫灰だらけだ。その程度のことで辞められたら、医者が
何人いたって足りませんよ。こういう土地じゃね。
いいですか、この病院はあなたを必要としている、
それが何よりも大事なことで、あなたが抱えている問題などはたいしたことじゃない。
子供と会いたければ呼び寄せればいい。
悩み事があるのなら働きながら解決すればいい。
そうやって苦しみながらですね、この土地で医者を続けていくことが、
自分の人生だってことに、あなたど、どうしてその確信が持てないん…ですか。

東京の郊外のお母さんの家で花でも眺めながら休息の日々を送る。そのうち縁談が
あって、瀟洒な病院の奥様に納まる。
そんな人生があなたにとって幸せなんですか。…ちっとも幸せなんかじゃない!」



院長を見つめる真知子先生。


看護婦がドアを開けて、患者の様態の急変を告げる。

席を立つ真知子先生。


この時彼女はすでにこの地で医師を続ける決意に溢れた目をしていた。


後期のこのシリーズの中では珍しく、人生に深く踏み込んだシリアスな発言だった。




              




人間は新しい行動をする時、前もってやらない理由とやる理由が密かにその心に用意されている。
そして、実際は、やらない人はやらなかった後で、やらない理由のリストの中から適当にみつくろって
それを自分の言い訳にする。
やる人も同じようにやる理由を実際はあとで適当に自分の心のリストから選んで、勝手に納得する。
本当は、理由が最初にあるのでなく、意外にも生理的な『行動』が先にあるのである。

結局、自分の人生の扉を開ける人は蹴飛ばしてぶち壊してでも開けるということである。

真知子先生は、おそらく全てのハンデや苦悩を抱えながら、人生の扉を蹴飛ばし、それでも
だめなら体ごと体当たりでぶち当たって扉を壊して開けていったに違いない。

だから、彼女は院長に説得されたから、医師を続けていったのではなく、何ヶ月か東京に戻って
迷い、考えたあげく、最後はもう一度自分自身で小諸に戻り、医師を続けたとは思う。

しかし、院長のこの爆弾発言のおかげで、今後1年分くらいの彼女の迷いと紆余曲折を一気に
吹き飛ばしたのも事実だ。これによって救われた患者は多いと思う。時間の短縮!えらい院長!


それにしても、院長先生、あんた真知子先生に惚れてるね(^^)






また明日




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123



                          
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加納作次郎の言葉    3月16日「寅次郎な日々」その123



第29作「寅次郎あじさいの恋」で登場する加納作次郎は人間国宝になった今でも、いい茶碗が
できないと悩み、日々制作を怠らない。

彼の言葉にこういうのがある。

「土に触ってるうちに自然に形が生まれてくるんや。
こんな形にしょうかぁ、あんな色にしょうか、てなこと、こりゃ頭で考えてんのとは違うんや、
自然に生まれてくるのを待つのや。な、けどー、その自然がなかなか難しい…」

「あのな、こんなええもん作りたいとかね、人に褒められようっていうような、あほなこと考えてるうちは、
フッ、ろくなもんはでけんわ」

「作るでない。これは掘り出すねや。
あー、土の中に美しい〜…もんがいてなあ…、
出してくれえ…、はよ出してくれえって…泣いてんねん」

この作次郎の言葉は、その昔、イタリア.ルネッサンス時代にミケランジェロが言った言葉と似ている。
『石の中にある神の作られた創造物を自分はノミを使って彫り出しているだけだ』と、言っていたそうだ。



加納作次郎の言葉の中でポイントは「その自然がなかなか難しい…」というところ。

自然に生まれてくるということは、ただ単に普通の生活をしていればいいということではない。
やはり土をいじり、こね、焼く。この繰り返しを謙虚な心を持ちながら日々続けていると、ふと偶然、
なにかのタイミングで、味わい深いこの世のものとは思えない美しいものができることもある。

しかし、作次郎も生身の人間。そうは言うものの、欲もあれば、お金も欲しい。口で言っていることと
実際の人生は微妙にずれるのである。



             



この矛盾を寅は面白おかしく暴いてしまう。

寅「なにやって儲けたおじいちゃん、あーあ…、茶碗焼いただけでこれだけの家は建たねえもんなあ、
なにか陰でこっそり悪いことしちゃって…、まあいいや。ね、いろいろあるからな、お互いに
言いたくねえことは。フフ…」


寅が帰った後で独り言のように

作次郎「キツイこと言いよる」



私が一番気に入っている作次郎の言葉がある。
寅に自分の「心持ち」として気に入っている「打薬窯変三彩碗」をあげるのだが、
弟子がそれを止めようとしたときの言葉、


「ええがなええがな…いずれは割れるもんや、焼きもんは」



              




彼は自分の職業を『陶芸家』と言わないで『焼き物師』と言う。いい言葉だ。





また明日





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りつ子さんのスペイン遊学の財源    3月15日「寅次郎な日々」その122




私は長い間絵を描いて、売って生活をしているが、
このシリーズでも絵描きさんや絵描きさんの卵が3人出てくる。
第12作「私の寅さん」の柳りつ子さん、第17作「寅次郎夕焼け小焼け」の池ノ内青観
第37作「幸福の青い鳥」の倉田健吾君、である。

りつ子さんの発言「ほんとうに自分が気に入った作品というのは売りたくない、
気に入らない作品はますます売りたくない」という気持ちは、分かるな〜それ…、だ。

絵のことで悩んでいる彼らの姿も、分かる分かる。特に健吾君が才能の有無でヤケに
なっているシーンなんか身につまされて他人事ではなかった。

ところで絵描きというのはまず儲からない。自信を持ってこれは言える
(^^;)池ノ内青観なんていうのは、ほんの一握りだ。私ももちろんなかなか売れない。
絵だけでは完全には生活できないので、染織のデザインなどの内職もしてしのいでいる。

りつ子さんも、貧しかった。食べるものにも困っている感じだった。彼女が美人なので
くっついてくる一条というスケベな画商がいたが、彼女は彼をとても嫌がっていたので彼に
絵を託すのを迷っているようだった。
あのシーンを見て、『その肩に置いた手をのけろよな一条〜!(▼▼メ)』って思っていたのは
私だけではあるまい(^^;)

時々兄の文彦がお金を数万円置いていってくれるので、なんとか生活ができているという状態。

寅は、りつ子さんを励まし、フランスパン(バケット)をおごってあげたりしていたので、
「寅さんは私のパトロン」と心から感謝していた。

それで、題名が「私の寅さん」なのだ。




              




ところで、ラストで突然りつ子さんは、スペインに旅立ってしまう。理由は絵の勉強に行くということ。



りつ子さんはそうとうお金には困っていたはずである。それにもかかわらずなぜ、日本円がまだまだ
国際的には相当安い1973年にスペインに、それも長期の絵の勉強に行けたのだろう。
確かにスペインはフランスなどと比べると物価は安いが飛行機代やホテル代はそんなに安くない。
ましてや長期滞在となると、そうとうの出費がかさむ。事前に絵を2枚や3枚売っただけではできないことだ。
もし旅行を続けたり、学校に入ったりとなると特別の出費も出てくる。

考えられる一番のお金の出どことしては、

@一条以外の人でりつ子さんの絵を応援してくれている理解のある画商がいて絵を相当の枚数
預かってくれて、かつ、半分くらい先払いしてくれた。

A父親から譲り受けたりつ子さんの住んでる土地を担保に銀行からお金を借りた。もしくは土地を
売ってしまった。(文彦も承諾)

B一条にしかたなく絵をまとまった枚数売った。りつ子さんさえ、割り切って我慢すればこれは可能なこと。
(しかし後にややこしいことになる可能性がある)

以上3つのどれかかな?と思う。私だったらもちろん@がベスト。Aは借りたお金を返すのが難しいかな、
とも思う。土地を売ったとしたらそれはさすがに哀しいな…、って思う。
Bは一番可能性が高い。しかし、一条が見返りを期待するかもしれないのであとでいやなことがおこるかも…。
りつ子さんもそれは十分知っているだろうからなるべくなら避けたいところだとは思うが…。




              




しかし、まあ考えてみれば一条もあの映画を観ている限りではそんなに酷い人間とも思えないので、
意外に絵描きとしてもきちんと考えてくれて、彼女に本気で投資する気持ちで行動している部分も
多いのかもしれない。

もしそうだとしたら、りつ子さんにとって一条は大切な仕事のパートナーだ。
絵を続けていく上で大切にしなくてはいけない人かもしれない。




また明日




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おばちゃんの子守唄    3月14日「寅次郎な日々」その121




車竜造、車つね夫妻には残念ながら子供がいない。
もし、子供がいたら、さくらや寅はとらやで自分の故郷の家ようには
振舞えなかっただろう。
おいちゃんとおばちゃんには申し訳ないが寅とさくらにとってとらやの状況は
とても幸いだったといえるだろう。

それでも、おいちゃんやおばちゃんたちにとっては、やはり子供が
欲しかったのは事実だったようだ。

第14作「寅次郎子守唄」でのおばちゃんの行動はそのことを表している。
おばちゃんは寅が九州からおぶって連れて来た赤ん坊をとても可愛がって大切に育てていた。

赤ん坊がとらやにやって来たことで、おばちゃんは生き生きした表情になり、
毎日にハリがある感じだった。



              




おばちゃん「よしよしよし、お前はどこにもやりゃしないよ。おばあちゃんが、
       ちゃ〜んと育ててやるからね」

社長「おばちゃん、かわいいかい?」

さくら「とっても懐いているのよ」

社長「なにしろ、このおばちゃん、子どもができなかったんだからな」

おいちゃん、そっとおばちゃんを見る。


人生の機微を感じる隠れた名シーンだった。


そして、ある日、赤ん坊の父親と佐賀の呼子の踊り子が引き取りに来る。
その時おばちゃんは、自分のお腹を痛めた子供のように赤ん坊を渡したくない気持ちに
なってしまうのだった。

でも、結局は泣く泣く渡してしまう。

その晩、天井から吊るしているガラガラがまだ釣り下がっている部屋で
目を潤ませながら、悲しげにオシメを片付けながら泣いてしまうのだった。



              



14作は『寅次郎子守唄』だが、もうひとつの物語『おばちゃんの子守唄』でもある。


また明日





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三彩茶碗とエメラルドの指輪
    3月13日「寅次郎な日々」その120



寅は、年中旅暮らしで、財布の中身も空っぽに近いので
財産と思われるものはなにも持っていない。
とらやの土地はいずれ寅とさくらが名義上は所有するのかもしれないが、
寅のことだから、そんなものは全部さくらや博や満男にやってしまうに
違いない。

だから、寅の持ち物はあのカバンだけである。

しかし、実を言うと寅は2つの『宝物』を持っている。

さくらの言うような「人を愛する心」という類のものは
今回は横に置いておいて、純粋に金銭的に価値のあるものである。




@打薬窯変三彩碗(うちぐすりようへんさんさい)

京都で寅にいろいろ世話になって寅を気に入った人間国宝
加納作次郎が寅に土産代わりにくれた茶碗。
人間国宝の力作だということで何百万もするだろう。

タコ社長はタバコの吸殻入れに使っていた(^^;)

博は、一応目にとめて「いい茶碗だなあ…」なんてこと言っていたが、
さくらが寅の土産だと言うと、「なんだ…」と急に興味を無くしていた。



            



さくらはこの作品で、陶芸教室に通っていたが、その時
「加納作次郎の作品が好き」なんて内容のこと言ってたくせに、
全く興味を示さなかったのがちょっと哀しいところ。
弟子が借りに来て、ようやく本物だとわかり、はじめてマジマジと
「これが本物の加納作次郎…」なんて呟きながら鑑賞しているのが
これまた可笑しくも哀しいところ。



          







Aエメラルドの指輪


佐渡島でお世話になり、寅との思い出を大切にしたかった京はるみが、
別れ際に自分のはめていた指輪を寅に渡す。

おばちゃんは、本物じゃないの?っていうようなこと言ってたけど、さくらは
全く信用しようとしなかった。





         




で、このような高価なものを所有していたとはいえ、ほんものだとわかったからには、
きちんと本人の元に返しに行くのがさくらの立派なところ。
いわれのない過剰な贈り物や現金を受け取らないのは、第17作「夕焼け小焼け」で
青観の絵を売ったお金である7万円を、わざわざ自宅まで帰しに行ったことでわかると
いうもの。


たぶん…

さくらは「打薬窯変三彩碗」は加納作次郎に返したと思う。だいたい寅はこんなものに何の興味も
ないだろうし、こんな文化遺産のようなもの持っていたって負担になるだけだし
…、扱いに困るし…。
作次郎が受け取らない場合は、作次郎ゆかりの美術館あたりに寄付したかも。

エメラルドの指輪は…難しいところ…。ちゃっかりさくらがお出かけの時にしてたりして(^^)
それはそれでいいとも思う。少なくとも京はるみにとっては喜んで使ってくれた方が冥利だろう。

例の三彩茶碗だって、さくらたちが月に何度か抹茶なんかを飲む時に気楽に使ったってほんとうは
いいのかもしれない。茶碗とはそもそもそういうものだと思う。日常で使ってこそ道具は生きるのだ。
作次郎は本当はそれを望んでいることは間違いないのだから。




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ふみさんの最後の涙
    3月12日「寅次郎な日々」その119




第27作「浪花の恋の寅次郎」から吉岡秀隆さんは登場する。最初にして
すでに堂々たる俳優ぶりだ。

特にふみさんがとらやに最後訪ねてきて、寅の前で、「結婚するんです」と告げた
時、満男は子供だからと仏間に追いやられてしまう。
その時のすねた満男のセリフ
「結婚するんです…」は実に印象深いセリフだった。
おいちゃんの微妙なリアクションも笑える。

駄目押しは「まことさんってなあに?」(^^;)


それにしてもだ。

ふみさんは瀬戸内海の小島で寅に始めてあった時以来、寅を気に入り、大阪での
物語の中で、寅を男性として意識しているのは誰の目にも分かるように演出されている。
そして弟の死を聞かされて、どん底に突き落とされるふみさん。

そんなギリギリの心を持って寅の逗留している新世界ホテルに行き、寅の胸で
泣くのである。好きな気を許した男性にしかこんなことはできない。

そして、寅はいつものように『臨界点』に達し、逃げるように大阪を立ち去るのである。
理由も毎回の「自信のなさ」と「窮屈さからの逃避」

とは言うものの、とらやに戻った寅はいつものパターンだとはいえ、心がふたつに引き裂かれ、
ふみさんを諦めきれないでいる。このへんはいつもながら歯がゆく、情けない。

その間に、ふみさんの人生が激変する。
かつて好きな男性(寅)がいた。しかし、寅は逃げた。
それで、自分を前々から慕ってくれる別の男性に自分の人生を預けてみようと決意した。

そういう場合、かつて自分が好きだった男性にそのことを報告しにいくだろうか?

たとえば、寅と結婚の約束をしていたのに、キャンセルしたいのなら、もちろん直接会って話をするだろう。
また、第48作の泉ちゃんのように、満男の思いを確かめるために、最近した見合いのことを伝えに
言ったのなら、そういう女ごころはわかる。満男にそんな見合いの話は断って、自分と結婚して欲しい
と、言われたい…。つまり満男に愛を告白して欲しい。ということだろう。

しかし、ふみさんの場合はまったく見当がつかない。
もし、ふみさんが寅のことを男性として好きでなく、親切な恩人とだけしか思っていなければ、
すべての辻褄が合う。しかしふみさんは寅に対して男性を意識していたと私は思う。そうでないと
男性の部屋に来てその膝で寝ようなんてしない。十八の純情娘ではないのだから。



              




そうなると、結婚を決意したふみさんはなぜ寅の元に報告にきたのだろうか…。
忘れな草のリリーがラストで結婚した時、寅にそんな報告はしていない。ハガキ1本そっと出しただけ。
まだ恋心があればあるほど会うと心が揺らぐはず。


寅は言う「わざわざ来ることなかったんだよ、こんなとこまで…。ハガキ1本だしゃすむこと
      じゃないか。こっちの気持ちにもなってくれって言うんだよ。こんな惨めな気分に
      させられてよ…」




              




ひょっとして、ふみさんはまさか自分がそんなに惚れられているとは思っていなかったのかもしれない。

もしかしたら、ふみさんは寅が自分のことなんか好きでないと思っていたのかもしれない。
可哀想な自分を親身になって手伝ってくれたが、自分のことは友人としか思っていなかった。
だからこそあの夜、自分を一人部屋に残して寅は去ってしまったのだ…、と。自分は好きだったけど…。

そうだとすれば、とらやに報告にきた意味が少しはわかる…ような気がしないでもない。でもやっぱり
わからないかな…(^^;)。



そしてあのラストの対馬でのふみさんの涙はなんなのだろう。



あの涙は本当に心から好きだった男性に見せた最後の涙だったと思いたい。




              






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118



                          
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諏訪家と黒板家
    3月11日「寅次郎な日々」その118




昨日久しぶりに『隠し剣鬼の爪』を見た。バリ島なのでもちろん映画館でなくDVD。
息子が見ていたのでチラチラっと私も見てしまった。

冒頭に近いシーンで倍賞千恵子さんと吉岡秀隆さんが永瀬さん、松さん、
田畑さんたちと一緒に囲炉裏を囲んで大笑いするシーンがあるのだが、
私はあのシーンが大好きなのだ。

理由は単純。倍賞さんと吉岡さんが同じ場所で食事をしながら会話しているからだ。
さくらと満男を思い出し、遠くは『遥かなる山の呼び声』の民子と武志を思い出してしまう。


何日か前にも書いたが、吉岡秀隆さんには二つの大河が流れていて、一つが「男はつらいよ」で、
もう一つが「北の国から」だ。二つ共に少年期から結婚まで彼の人生と同時進行で物語が進んで
いったのだ。

だから吉岡秀隆さんには実際のご両親以外に、あと二組両親がいる。

『諏訪 博、さくら 』と 『黒板 五郎、令子』だ。



で、ご存知の通り「男はつらいよ」でもなんと五郎さんや令子さんと
共演しているのだ。



第29作「寅次郎あじさいの恋」で死んだはずのお母さんの
黒板令子さんとあじさい寺で、再会している(^^;)




             



お父さんの黒板五郎さんとは第48作「寅次郎紅の花」で奄美大島で再会している。
もっともお父さんから彼が自殺するんじゃないかとずっと警戒されてはいたが(^^;)

この再会の後もまだまだ純と五郎さんとのドラマは2002年まで続いていく。



             



その他、中畑のおじさん、雪子おばさん、広介、アイコ、あたりとも吉岡さんは
「男はつらいよ」の中で再会しているのである。

その度に私はニヤニヤしている。

実は…、なにを隠そう私は「北の国から」の大ファンなのである。「北の国から」は
「男はつらいよ」同様、見た人の好き嫌いが激しいドラマなので、なかなか辛いものが
あるが、いいものはいいのだと心からキッパリ思っている。

この「北の国から」も昨日の私の意見通りいえば、長い長い1本のドラマと言えるだろう。
実に見ごたえのある穴のないドラマだった。テレビドラマの脆弱さはこにはない。
しかしテレビならではのスカッとしたテンポのいいフットワーク部分をきちんと意識しているのが
さすがだなって思うのだ。



また明日






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吉田日出子さんの思ったこと    3月10日「寅次郎な日々」その117




このシリーズも第40作を越えるあたりから次第に渥美さんの体調がすぐれなくなり、平行して
マドンナとの物語が弱くなっていく。特にそれが顕著に現れるのが第42作、第43作、第44作、
あたりだ。この3作に関してはマドンナ不在の感が若干ある。

その代わりに、若い満男と泉ちゃんの青春の物語が始まっていくのである。
しかし、以前も書いたとおり、それでもやはり満男と泉ちゃんはサブであってやはり寅とマドンナの
哀しい恋の物語がこのシリーズの核なのは言うまでもない。

満男と泉ちゃんでは若い観客が入るかもしれないが、それでは作品足り得ないのである。

特に第44作「寅次郎の告白」はあの吉田日出子さんという稀有の役者魂を持った俳優を
起用しながらも、彼女を十分には生かしきれていなかった。

こんなもったいないことはない。あの人が放つオーラは、良質の物語の中でさぞかし輝きを
放つことは他の作品の演技を見ていれば分かる。


彼女は自分のエッセイの中でこの時の出演のことをこう書いている。

『台本を読んでもこの聖子さんというのはどういう人かぜんぜん分からない。
「寅さん」の台本って、山田洋次さんの頭の中にあるものを書いてあるだけだから、何通りにも
読めるんだけど、どうしたら一番いいのかがわからない。
「だったらまず、監督の話を聞いてみよう」聞きに行った。話をして、それでも分からない』

結局、吉田日出子さんは出演し、映画封切りの時に映画館に観に行く。そして自分の絡みの部分に
物足りなさを感じ、「うーん、つまらなかった」と言ってしまうのである。

そしてこうも言う

「今は昔の寅さんと違って、作品の中に話が2つくらいしかなくて、それもとってつけたような話だから、
寅さんまでとってつけたような人になっちゃう。これじゃ、芝居ができないだろうなあ…、とわたしなんかは
思うんだけど、でも渥美さんは台本に素直にやっちゃうでしょ。不思議だなあ、どうしてもっと
やっちゃわないんだろうと思った。……
でも渥美さんは手を抜いてるんじゃないのよ。あんなに映画のことをよく分かっている人が台本に注文を
つけたりしないで大きな流れに身を任せてやっていく。
それもまた格好いいなあって…」




                





倍賞さんが、かつて言っていたように渥美さんは長い長い一本の映画に出演し続けているのだろう。
それゆえ大きな流れのなかの今はもう最後の静かなゆったりとした意識の中で山田監督を信じながら
自分の体調の内で出来うることを粛々と演じていたのかもしれない。

私は昨日も書いたが、初期の、つまり青春期の「男はつらいよ」と十作台の壮年期の渋くて素敵な
「男はつらいよ」とが大好きだ。ひとつひとつの作品をそれぞれ何十回と見ていると思うが、後半の膨大な
量の老年期の「男はつらいよ」もかなり好きで、見る回数は実はそんなに変わらないのである。

それは、倍賞さんや吉田日出子さんが言うように、大きな流れの中のゆったりとした長い黄昏に身を任せ
ながら、繰り返し淡い恋をしてゆく寅がやはり渋く、格好いいからなのだと思う。

このシリーズはこのような見方が許される数少ない映画だと私は思っている。映画評論家のみなさんは
このような見方は許されるはずもない。1作品1作品をしっかり批評しなくてはならない。仕事だからである。
私は一ファンだからこの見方が許される。


「男はつらいよ」はたった一本の長い長い映画である。それゆえ人間と同じくその流れの中で青春期があり、
壮年期があり、そして最も時間的には長い老年期の黄昏があるのだ。

人生は歴史であり、トータルであるのと同じく、このシリーズの晩年も一見、そこだけを見ると、ただ止まって
いるように見えても、大きな流れのなかで見るとゆっくりと流れていくのが見える。



そうだからこそ、あの一見正視できないような悲しい渥美さんが登場する最後の第48作が、大きな流れの中で、
大きな光に包まれて静かに淡く輝き始めるのだろう。





                







また明日





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116



                          
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青春期の『男はつらいよ』
    3月9日「寅次郎な日々」その116




第1作「男はつらいよ」と第5作「望郷篇」はある共通点がある。
山田監督も渥美さんも純粋にこれで「男はつらいよ」は最後かもしれない
と思っている点だ。


それに対して、第6作「純情篇」や第8作「寅次郎恋歌」はこれからシリーズ化
を図るという気構えのもとに未来を見据えて大掛かりで作っているのがよく分かる。
どこかしら手堅く、感動場所をかなり意識したようにも見えなくもない。もちろんだからこそ
安定感があり、物語的にも充実し、安心してみていられるとはいえるのだが。
寅自体も第6作以降徐々にスマートに描かれている。

キャストの面においても、第6作では若尾文子、森繁久弥、
第8作でも池内淳子、第9作では吉永小百合と相当豪華な顔ぶれだ。もちろん松竹の宣伝の
仕方も変わって行く。


そういう意味では大騒ぎ以前、つまり『夜明け前』の第1作と第5作のみずみずしさは大変なものだ。

前にも書いたが、第1作は、これが最初で最後の映画化だと間違いなく全員思っていた。制作自体が
危ぶまれるほど、会社側もギリギリの承諾だった。それゆえいろんな話を盛りだくさんにし、しかしそれが
実にテンポ良くエネルギッシュに運んでいくのである。想いが全て一点に込められているからなのだ。



              




第5作も前半で第1作のあの活気とテンポが蘇り、後半では当時まだ漁師町だった浦安を舞台に、
山田監督は、まるで今までの気持ちの整理をするようにテレビドラマの『男はつらいよ』のキャストたちを
使って、もう一つの寅の心の置き所を作っている。そこに山田監督の余計な気負いは感じられない。
一期一会の集中力さえ感じられる。

このあたりの時期は他の作品と制作がダブっているのでとても早くワーッっと作っているにもかかわらず、
雑な演出はない。よほどスタッフ、キャストともに気力が充実していたのであろう。みんな紛れもなく青春だったのだ。




              





このように第1作同様、この第5作は最も「男はつらいよ」らしい作品になりえている。青春期の山田洋次、
渥美清の最後の純粋なキラメキがあったようにも思える。シリーズ化がどうの、国民的人気を獲得するか
どうか…なんてことをまだ考えずに制作できた稀有の時期だったのではないだろうか。


それらの間にある作品、第2作「続男はつらいよ」も脚本をテレビ版からかなり拝借したとは言え、密度の濃い、
起承転結のしっかりした動きのある作品に仕上がっている。

次の第3作「フーテンの寅」も、渥美清という俳優のもう一つの顔を浮き彫りにする生々しい演出で
森崎東監督の心意気が伺えるこれまた純粋な輝いた作品である。

第4作「新男はつらいよ」もテレビ版の持っていた下町情緒的な、温かい人間模様が繰り広げられ、
松竹幹部側の低予算短期間制作指示のきついハンデを乗り越えて『男はつらいよの原点』ともいえる空気を
存分に漂わせていた。テレビ版に深く携ってきた小林俊一監督ならではの、味わい深い佳作になっている。




               




そういう意味では、時間も予算もなく大忙しだったとはいえ、スタッフもキャストももっとも燃え、最も純粋に
映画作りに没頭したのが超短期間で作ったこの5作品ともいえる。

この5作品を見ていると、よそゆきの上着を着る前の赤裸々なダボシャツとステテコ姿の寅が目をギラギラさせて
スクリーンから飛び出してきそうだ。


第8作「寅次郎恋歌」以降第18作「寅次郎純情詩集」までのの成熟したスマートな大傑作群を見ていると壮年期の大人の
魅力に溢れていてホレボレするが、青春期というものはそれとは別に、かけがえのない澄んだ輝きに満ち溢れ、それは
いつまでも眩しくいとおしいものなのだ。






また明日








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寅と兵馬のやり取りの妙
    3月8日「寅次郎な日々」その115



今年の大河ドラマで秀吉役をしている柄本明さんは
存在感が抜群で、あのドラマをしっかり引っ張っている。

「男はつらいよ」でも第29作「寅次郎あじさいの恋」で、
加納作次郎の弟子を演じて、あの薄暗い物語をなんとか
明るく照らしていた。もう大車輪の活躍だ。


そしてもうひとつ、第41作「寅次郎心の旅路」での坂口兵馬役。
これは当たり役だった。

ノイローゼになったサラリーマン坂口兵馬が東北のローカル
線で自殺を図るが間一髪あと30センチ!のところで電車は止まる。




その時、たまたま寅が乗っていて、死にそこなった兵馬に
こう言うのである。




やり取りその@

寅「おい、死にぱぐっちゃったなあ…、え、またそのうちやりやあいいや、な、
立てられるか?よし、おう立った立った、おう、つかまってつかまって」


相手を責めるのでなく、相手に逃げ場を与えて
やるこの語りは、人の悲しみを知っている寅だけが
言える優しさだった。



        



『みちのく卸売りセンター』のヨーロッパ家具輸入フェアーの車が
可愛い感じで通っているのがなんとも可笑しい演出だった。

『あ〜〜〜なたの暮らしにハイセンスな香りを、ヨーロッパの家具大バーゲンセール!』






やり取りそのA

宿で兵馬が寅に打ち明ける


兵馬僕…病気なんです…
寅「
う…、うつるの?(^^;)






やり取りそのB

桶にね、お湯を汲んで何杯も何杯もこうやってかける、わかったな、」

これも味わいのある言葉だ。僕もなにか悩み事のあるときはそうしよう
と思ってしまった(^^;)ゞ





やり取りそのC


寅「死ぬまでガツガツガツ働くこたあないんだよ、えー、黙ってたっていつか
  死ぬんだから」





やり取りそのD


兵馬「つまり僕はあなたのそばにいるだけでリラックスできるんです」
   硬くちぢこまった心が柔らかく溶けていくというか…」






やり取りそのE


兵馬「どういう方なんでしょうか」

寅「そうよな、まあ、一言で言って旅人。
家業でいうと渡世人といったところかな」



兵馬「旅人かあ…いいなあ〜〜



寅「ははは、いいことばっかりはありやぁしねえよ。
でもこらしょうがねえや、な、テメエが好きで入った道だから」






やり取りそのF

兵馬「あなたにとってなんでしょうか生きがいというのは



寅「そうさなあ、…旅先で、ふるいつきてェようないい女と巡り逢うことさ、フフフ」




           




やり取りそのG


兵馬「これからどちらへ」
寅「まだ決めてない決めてない」
兵馬「いつ決めるんでしょうか」


寅「えー…、そうさなあ…これから宿を出て、それから吹く風に聞いてみるさ」

兵馬「風に聞くか、いいなあ…」




やり取りそのH


兵馬「少し遠いんです、ウイーンです」
寅「ああ、湯布院か…あれは遠いなあ」
兵馬「いえ、ウイ―ン!なんです」
寅「うん、湯布院だろ、九州のな、知ってるよ、遠いよやっぱり」


まあ、この一連のシーンの二人のやり取りの豊富なこと。
中身の濃い会話や渋い語りがポンポン出てくる。

これを会話の充実と考えるのが妥当だとは思うが、

ふと、もうひとつの考えが頭をよぎる。

物語の最初にこのように一気にカッコいいセリフでトントンと寅と言う人間を
説明してしまうということはある意味、作品の物語と乖離してしまう
危険性が出てくるのではないか…。

初期の頃や十作台の物語にこのようなカッコいいセリフや語りは、
あるにはあるが、物語の中でタイミングよくバランスよく語られていた。

最初にまず物語がある。

ふくらみのある物語のなかでこそ言葉は生きることは自明である。


まあ、それでも何はともあれ、寅のこの一連のセリフはなかなかよかった。

それもまた事実である。渥美さんの語り口の妙だろう。





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光枝さんの気持ちの『ほんとう』    3月7日「寅次郎な日々」その114


寅を好きになったマドンナはいろいろいるが、本当に寅と結婚したとしたらと考えると、
どのマドンナも長く続かないような気がするのだ。

ぼたん、早苗さん、ふみさん、かがりさん、朋子さん、りん子さん、聖子さん、
蝶子さん、葉子さん、

…やっぱり難しい。
寅の気ままが悪いのだが、こればっかりは仕方ない。

お千代さんも一見うまくいかなさそうに見えるが、幼馴染の強みでなかなかうまく
寅と付き合っていくのではないかとも思える。でもやっぱり最後は続かないかなあ…。


リリーはもちろん最愛の女性だから、くっついたり離れたりしながらも一生を共に暮らすことは
何とか想像できる。縁が誰よりも深い。


そしてもう一人、実はリリー以外に最強の女性がいるのだ。


それは第28作「寅次郎紙風船」の光枝さんだ。このことはチラッと前にもこのページで書いた。

テキヤの女房。それも青春時代はリリーや寅と同じ不良。ここは大事。
カラスの常こと常三郎はかなりの極道だったので、寅くらいの極道なんてまったくへのカッパ。
世の中の酸いも甘いも全て噛みしめて味わってきた光枝さんなら、寅とはうまくいく。
なによりも寅と同じ仕事をしていたので、結婚してからも二人して仕事が出来る。
それゆえすれ違いが無い。


問題は一つだけ。


たった数ヶ月前に常三郎を亡くしたばかりの光枝さんが、果たして寅に対して密かな恋心が
あったかどうか、この一点にかかっている。


しかしこれは果てしなく微妙なのだ。


御前様ではないが、夫が亡くなったからと言って光枝さんが3ヶ月も年経たないうちに
寅に気持ちが傾いていったとは普通は思えないところ。

「自分が死んだらあいつを女房にしてやってくれ」という、常三郎が死ぬ数ヶ月前に寅に頼んだ
失礼な発言
を光枝さんは常三郎本人からも生前に聞いていて、光枝さんがとらやに遊びに来た
帰りも
彼女はそのことを寅に質問すると同時にそんな事を言った夫のことを怒っていた。

だから光枝さんは、寅が自分を心底心配してくれた感謝の意味も込めてとらやに訪問したので
あって、寅に対する恋の気持ちは無いと思われる。



しかし…、ほんとうに恋心が全くなかったのだろうか…。



前にも書いたが、あの柴又駅前での別れ際のあの彼女の目、そして表情がどうも気になっている。




                  





そして最後に光枝さんの背中を見つめる寅の目。あの目は他のどのマドンナにも見せたことの無い、
怖いくらいの迫力を秘めた力のある目だった。あれは寅が一番浮ついていない時の目。
現実的なことをリアルに考えている、一番本気の時に見せる強い目だ。



                  




山田監督はどう言う気持ちであの光枝さんの表情、そして、あの寅の最後の目を演出されたのだろうか。
どうしても本音を聞いてみたい…。




また明日






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113



                          
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民子のミニギャグ
    3月6日「寅次郎な日々」その113



民子と言ってもこの場合はここ数日話題にしている『遥かなる山の呼び声』の方の風見民子である。
山田監督は『民子』と言う名前を「家族」「故郷」「遥かなる山の呼び声」のなんと3作品で使っている。
おそらく山田監督の中ではこの3作品は、微妙に繋がっているのであろう。「家族」ではまったく同じ
風見民子。物語的にも繋げようと思えば繋がらないでもない。これに「幸福の黄色いハンカチ」を加えて
物語的に4つとも繋げようと思えば繋がるのである。


さて、今回はそのての話とは違い、『遥かなる山の呼び声』の民子。
その民子は過酷な運命の中で懸命に生きる牛飼いの人生なのだが、
この作品には民子の行動でちょこちょことユーモアが散りばめられている。
そういうところがこのシビアな物語を意外にも明るいものにしている。


@民子が耕作の事情をいろいろ聞こうとした時。耕作は聞かないでくれと、素っ気無く言う。
民子は怒って、小屋のドアを思いっきりきつく閉めて出て行く。直後に吊るしてあった
ロープがバサッっと落ちる。よく「男はつらいよ」で使っているギャグ。


A虻田が民子に言い寄っているのを助けなかった耕作に対し、頭にきた民子は
「あんな奴と親しいなんてあんたちょっと鈍感なんじゃないの!」と怒鳴って、息子の
武志を押しのけ母屋へ戻っていくが、ドアがなかなか閉まらない(^^;)




            




あとで確か密かに耕作がドアを修理していたのも笑える。


Bそのあと虻田が再度やって来て、今度は耕作にバケツの水かけられたので
逃げていく。民子はそれでもまたいやなところを見られたからか、耕作が
「大丈夫ですか」と声をかけても、ドアをピシャっと閉めてしまう。
耕作が修理した後なのですんなり閉まる(^^)

これも小さなギャグだ。



Cそして1回目と2回目の虻田の持ってきた土産(特上寿司と特上蟹)を民子は自分は
食べるのが嫌なもんだから、耕作にさりげなく食べさせるのがまたまた笑える。




            




このあたりのさりげなく小気味良いギャグが私はとても気に入っている。

それにしてもあの蟹の大きくて美味しそうなこと。あれを耕作一人で食べるのかあ…。
と思っていると、手打ちをしに虻田がやって来る。虻田と蟹がご対面するところも
実にさりげなく、笑えるシーンである。もちろん虻田はそんなこと気にするような繊細さは
まったくないないところが救い。





また明日







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虻田さんの存在の大きさ
    3月5日「寅次郎な日々」その112





あの『遥かなる山の呼び声』で田島耕作は捕らえられ、民子と武志は離農はするものの
未来的には人生をやり直すチャンスが待っていることがラストの汽車のシーンで
でしっかり描かれている。この映画は紛れもなくハッピーエンドなのだ。

しかし、この3人だけで幸せになれるはずもなく、道のりは厳しいのは当然だ。
ましてや耕作は今から懲役刑に服すのだからなおさらである。

そこで、彼らの力になってくれるのがハナ肇さん演じる虻田さんである。



                  




ハナ肇さんといえば、初期の山田作品では欠かせない人で、『馬鹿まるだし』から
始まり、『いいかげん馬鹿』そしてあの名作『馬鹿が戦車(タンク)でやって来る』
という『馬鹿シリーズ』、『運が良けりゃ』『懐かしい風来坊』そしてそれに続く『喜劇、一発勝負』
『ハナ肇の一発大冒険』『喜劇一発大必勝』と『一発シリーズ』でも活躍し、山田監督との仲は
渥美さんよりも長いくらいだ。



民子に超ベタ惚れだった彼は、それでも耕作の男気が大いに気に入り、
民子を潔く諦め、耕作たちを必死で手伝う。

民子がぎっくり腰になった時も、虻田さんは弟たちを引き連れて、大型機械を
駆使し、干し草作りをあっという間に終わらせ、耕作も目が点になるほどの
早業で彼らに貢献するのである。

ぎっくり腰の見舞いも、自分は決して民子の病室に入ろうとせず、巨大な
御見舞いだけ置いていってすぐに立ち去る潔さが光っていた。男だねえ〜(TT)



そして、ラストの美幌駅。【実際のロケは弟子屈(てしかか)駅】


あの急行大雪の窓に虻田さんの驚き喜ぶ顔がへばりついた時、私たちはこの映画の
ハッピーエンドを強烈に予感できるのである。




                 




虻田さんは駅のホームから耕作を見つける。

そして民子と汽車に乗り込み、刑事と耕作の横で、民子の決意を、耕作に
知らせるのである。このシーンは何度見ても圧巻で、虻田さんの底抜けの
優しさと寛大さが耕作と民子を陰で支える美しいシーンだ。



耕作が出所するまでの2年間、虻田さんが何かと母子に手助けをしていくことが
暗示される。おそらく、民子の就職の斡旋や住むアパート(不動産)のことなどを
世話したであろうことが想像できる。



               




この映画の成功はあの幼い武志少年が握り、そしてもう一人あのスケベで心優しい虻田さんが
握っていたと私は思っている。

ハナ肇さんは、「男はつらいよ」には残念ながら出演されなかったが、もし出演していれば、どんな役を
されたのであろうか。キップのいいスカッとした役だったろうなあ…。

でも渥美さんと食い合うのかなあ…。




また明日





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『遥かなる山の呼び声』の吉岡秀隆さん
    3月4日「寅次郎な日々」その111



吉岡秀隆さんが「ALWAYS 3丁目の夕日」で日本アカデミー賞「最優秀主演男優賞」を受賞した。
その時のコメントで彼が日々、渥美さんのことを思いながら生活していることにただただ胸を打たれた。


「男はつらいよ」の第27作「浪花の恋の寅次郎」で満男役を演じて以降、彼の成長と共に
映画も進行していった。第29作「あじさいの恋」で寅に「おまえもいつか恋をするんだろうなあ
可哀想に…」と予言される。満男は「僕、恋なんかしないよ」と宣言するが、やはり彼は
寅の予言通り恋をし、恋に悩み始める。

また、吉岡さんはそれと同時進行で、倉本聡さんの「北の国から」で幼い純を演じ、これも彼の
実際のリアルな成長にあわせて恋をし、挫折を味わい、物語の中で彼は自分自身の物語をも
育んでいくのである。


このふたつの大河の流れに乗る奇跡の運命に見舞われた吉岡さんは、ある意味つらい人生
だったのかもしれない。プレッシャーもあったのではないだろうか。

このことは彼のみ知るところであろう。


私は彼の出演映画、ドラマはほとんど見ているが、彼は極めて繊細な気質を持っている人だと
思っている。彼は人が感じることが出来ないある種のやわらかい感覚のようなものをつかむことが
出来る能力の高い人だ。山田監督に散々鍛えられてきたのだろう、いわゆるこれ見よがしの演技は
絶対しない。


あの『遥かなる山の呼び声』で鮮烈なデビューをはかったのが1980年。あの時の武志役は絶対に
『子役』ではなかった。かといって、「素人」の良さでもなかった。あれは紛れもなく俳優吉岡秀隆だった。

『天職』と言う言葉があるが、俳優ほどそれが分かりにくい仕事はない。アイドルだって映画に出るし、
売れなくなった歌手だって映画に出て体当たりの演技をして賞を取る。私は絵を描いて売っているが、
アイドルや売れなくなった歌手が絵を描いてもそれは何年経っても天職にはなりえない。




              




そういう意味では、俳優と言うのは本当に誰でもその期間一生懸命頑張れば出来る職業になりさがっている。


しかし、ほんとうにそうだろうか…。


私は、俳優というものは、努力し、頑張ればいいというような、そんな生易しいものではないと思う。
人間が生身の体を使って何かを表現するなんてことは、なかなか誰にでもできることではない。



           



あの小さな吉岡少年の演技を見た時、私は、彼はこの仕事が天職だと、はっきり分かった。
彼はまさしく中標津の牛飼いの家の息子武志そのものだった。しかもそれを冷静に
見ているもう一人の自分も彼の中にいる。あの映画で、彼はすでに俳優だった。



           




そして、あの、田島耕作との別れの朝が来る。


あのシーンの少年武志を演じられる俳優は吉岡秀隆さん以外いないと今でもそう思う。
あの小さな少年は凄まじいことをやらかしたのだ。
「遥かなる山の呼び声」の成功のカギは意外にもあの無名の幼い少年が持っていた。
これは私の確信である。




また明日





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『故郷』の中の谷よしのさん
    3月3日「寅次郎な日々」その110


谷よしのさんは男はつらいよシリーズだけでなく、『家族』や『幸福の黄色いハンカチ』、
『息子』などにも登場していると書いたが、実は『故郷』にも出演されている。

おそらくほとんどの方は、どのシーンで出られているのか分からないと思うが、
精一が自分の船を修理に出そうと、船大工の棟梁の家で見積もってもらうのだが、
その棟梁の家で、カルピスを出してくれる奥さんの役だ。

この時もさりげなくやって来て、民子と精一と棟梁にカルピスを出して、
スッと立ち去っていく。ほとんど顔も上げないので誰だか分かりづらいが、
精一にカルピスを差し出す時に、僅かに0,5秒ほど顔が見えたので谷さんだと分かった。
残念ながらセリフがないこととノンクレジットだったので最初は気づかなかった。

谷さんは、どちらかというと存在感がないように演技をされる。巷の俳優さんたちとは
ある意味逆だ。だから余計に見逃してしまうのだが、これこそ谷さんの真骨頂だともいえる。

でしゃばらない。物語の流れを決して止めない。観客の視線をあっちこっち動かさない。




             





「男はつらいよ」でも、そういう役があった。第13作「恋やつれ」の中で、寅と歌子ちゃんが
再会する、あの津和野のうどん屋『すさや』のおかみさん役である。ほんの一瞬だけ、水を
寅に持っていった時に0,5秒ほど顔が映るのである。



あとは、後姿がちらっと…。


しかしこの作品の時は、ちゃんとクレジットされていた。


あのクレジットするしないはいったい誰がどういう訳で決めるのであろうか?
第2作「続男はつらいよ」ではしっかり2度出演し、それも
別人の役で出ているにもかかわらずノンクレジットだ。

前にも書いたが彼女は「男はつらいよ」でクレジットされているのは28作品だが、出演しているのは
36作品なのだ。そして役の数になると43役もこなしている。

いつの日か、彼女をよく知っている人の手によって、彼女の映画人としての人生を紹介する
一冊の本が出ればいいんだが…、出ないかなあ。

もう少し彼女のことを知りたいのだが…。




また明日







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谷よしのさんだけが出せる『安らぎ』
    3月2日「寅次郎な日々」その109



「男はつらいよ」シリーズで、谷よしのさんの名場面と言えば、以前に
「寅次郎な日々」にも書いたとおり、第47作「拝啓車寅次郎様」
での琵琶湖湖畔の民宿「栄次郎」のおばあちゃん役だ。
ほとんどセリフがないが、実に味わい深い、年輪を感じさせる
内なるリアリティが滲み出ていた。


谷さん登場シーンには他にも好きなカットがたくさんある。

第41作「寅次郎心の旅路」のオープニングで、
風邪を引いてしまった寅に煎じ薬を持ってきてあげる

宿の女中の役なんかもよかった〜。



女中「持ってきてやったよ、煎じ薬。これ飲んで温かくして寝ると
   汗がパーッっと出て、すぐ治るから」

「ありがとよ。コホッ、コホッ」

女中「ちょっと苦いけどね」

女中「ほんと、よく降るねえ…」

「ああ…」


なんだか心がちょっとあったかくなるシーンだった。


         


谷さんは出番は極端に短いけれど、とにかく寅との直接の絡みが多い。
36作品に出演し、40以上の役をこなされたが、半分くらいは寅との
会話である。渥美さんも実に掛け合いがやり易そうだった。

男はつらいよ以外でも、「家族」「幸福の黄色いハンカチ」「息子」
など、で味わい深いが押し付けがましくない、さりげない絶妙の演技を
されていた。

特に私が、印象深いのは、「幸福の黄色いハンカチ」で高倉健さん扮する
島勇作に、布団を敷いてあげたり、ストーブの火加減を調節してあげたり
して、優しい心使いをしていたあの宿の女中さん役だ。勇作にとっては
刑務所を出所してはじめての娑婆での布団だった。




女中
「火は細くしといたよ。
   夜はまだシバレルから…。 おやすみなさい」


頭を下げる勇作。



        




谷さんの演技は、別にたいそうなことしてるわけじゃないんだけど、
なんだか心が安らぐ…なぜだろう。


それは倍賞千恵子さんや、三崎千恵子さんとはまた違った安らぎなのだ。
あれはいったいなんだったんだろうか…。



私のすぐそばにもある、誰にでも手に入れることが出来る
とてもささやかな、でも大事な幸せ…。

そんなものを谷さんは教えてくれたのかもしれない。 




合掌 

  



また明日



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『ただじゃすまない男』のイメージ
    3月1日「寅次郎な日々」その108




第1作から第6作までの寅はブザマである。
性格は破綻しているし、それゆえとらやの面々はほとんど見放している状態だし、
なによりもマドンナが寅のことを男として好きにならない。かすりもしない。
もしかしたら…って想像すらしない。

第1作の冬子さんは、婚約者と寅が目が会っても全く平気。第2作「続男はつらいよ」の夏子さんも、
恋人の胸で泣いているところを見られた後も寅に謝ったりしてはいない。

第3作「フーテンの寅」のお志津さんも、女中たちに言われて少し気にしてはいたが、基本的に
眼中に無し。第4作「新男はつらいよ」の春子先生も、全く眼中になし。第5作「望郷篇」の豆腐屋の
節子さんも、寅のことを頼もしい店員さんとしか思っていなかった。

みんな寅と楽しく会話をしても寅に惚れてはいなかった。唯一第6作「純情篇」の夕子さんは、
カンのいい人なので、寅が自分に惚れていることを自覚し、やんわりと断っている。
このへんは夕子さん、さすがである。

このように恋愛に関しては散々な結果だが考えてみれば当たり前である。普通はあんな
ヤクザなフーテン男にはマドンナはなかなか惚れるわけがないのである。



しかし第7作以降、ちょっと風向きが変わってくる。

第8作では遂に寅は惚れられはしないものの、かなり好意を持たれ、
心を寄り添われる。この第8作がターニングポイントである。
ここから寅は変わって行く。性格破綻の部分が少なくなり、
渋く、またはカッコよくなる。だから、お千代さんに惚れられ、リリーにも
惚れられる。歌子ちゃんには友人としてではあるが心より慕われ、ぼたんにも惚れられる。

これを、ある人々は「寅が『進化』していったのだ」と喜び、ある人々は、
生々しい生身の寅が行儀良くなって、あげく、最後はファンタジー化され、
空洞化していったと嘆く。

私も初期の生身の性格破綻者の寅は憎めない。どこか一本気でさっぱりしている。
みんなに嫌われ、厄介者扱いされても人としての「ほんとう」を肌身離さず
持っている気がする。そして実に振幅が激しい。この振幅の激しさが当時の寅の反射神経であり、
生きる活力なのだ。



              




初期の寅は何をやっても「ただじゃすまない男、どうしょうもいない男」

この退屈で常識的な人々の日常をぶち壊してくれる破壊者、
そして、そのわりに、今の世の中じゃやっていけないくらいの
純粋な心を持っている人生の素人。
このアンバランスがこたえられないのである。

この初期作品群の、あらくれ寅のイメージがあるからこそ、後に物語に繊細さが
加味されていっても、このシリーズの力強さは維持されたのであろう。





              




また明日






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