バリ島.吉川孝昭のギャラリー内
お気楽コラム
寅次郎な日々
バックナンバー2006年3月分
その109〜その131まで
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『同胞』の深い懐 3つのラストシーン(2006,3,24)
超ユニークな河野秀子さん(2006,3,23)
忘れられない『てつや君』のエピソード(2006,3,22)
若菜さんの侮れない野球センス(2006,3,21)
ふじ子さんも同じく勇み足?(2006,3,20)
早苗さんの勇み足(2006、3、19)
私の好きなポスター.ベスト4(2006、3、18)
すまけいさんの静かな凄み(2006、3、17)
加納作次郎の言葉(2006、3、16)
りつ子さんのスペイン遊学の財源(2006、3、15)
おばちゃんの子守唄(2006、3、14)
三彩茶碗とエメラルドの指輪(2006、3、13)
ふみさんの最後の涙(2006、3、12)
諏訪家と黒板家(2006、3、11)
吉田日出子さんの思ったこと(2006、3、10)
青春期の『男はつらいよ』(2006、3、9)
寅と兵馬のやり取りの妙(2006、3、8)
光枝さんの気持ちの『ほんとう』(2006、3、7)
民子のミニギャグ(2006、3、6)
虻田さんの存在の大きさ(2006、3、5)
『遥かなる山の呼び声』の吉岡秀隆さん(2006、3、4)
『故郷』の中の谷よしのさん(2006、3、3)
谷よしのさんだけが出せる『安らぎ』(2006、3、2)
『ただじゃすまない男』のイメージ(2006,3,1)
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『寅次郎な日々』バックナンバー 『同胞』の深い懐 3つのラストシーン 3月24日「寅次郎な日々」その131 今日も『同胞』でいきましょう。 松尾村の青年会主催の公演「ふるさと」は大成功に終わり、河野さんは岩手松尾駅で 理事会の若者たちと最後の別れを惜しむ。 彼女のカバンがもうかなりヨレヨレになっていたことを知っていた彼らは黒字になったので、 その中から河野さんに新しいショルダーバックをプレゼントする。 そして出会いの頃の戸惑いと、何度も挫折しそうになったこと、そしてそれを乗り越え、 計画を立て、準備をし、がむしゃらになって実行したことをお互いに思い出してしまい、 河野さんも彼らも目を潤ませてしまう。青春の可能性というのはいつも意外性に満ちている。 大人たちがわけ知り顔であらかじめ予想することよりも彼らは常に一歩先を行くのだ。 河野さんは言う 「私、今度もまた、教えられたわ、ほんとうにどうもありがとう…」 カセットテープを押し「ふるさと」が流れるという演出(^^;)に河野さんは笑いながらも遂に 感極まってしまう。 みんなと握手し、言葉を交わしながらも汽車は彼らからどんどん遠ざかっていく。 そのあと、彼女は静かに座席に座って感慨にむせび泣くのである。 ああ、いいラストシーンだと思っていたら、突然窓の外遠くでクラクションの音! 彼らのジープが汽車を追って猛スピードで走ってくるではないか。乗っているのは 高志と茂と菊池だった。彼らは叫ぶ「がんばれー!!」 河野さんは窓から精一杯手を振り叫びそして涙がまた流れる。 「手紙ちょうだ…いね!」 ああ、これで今度こそ終わりなんだと、見ているこちらも胸が熱くなっていると、今度は 3ヵ月後、高志の河野さんへの手紙があり、秋の収穫時の黄金色に染まる美しい松尾村が映っていく。 そして、その直後、雨上がりの北海道の夕張が映る。今日、河野さんは炭鉱の町夕張にいるのだ。 この町の青年会の青年と打ち合わせを終えて、今、駅への道を歩いている。 その道すがら彼女はあの松尾村に初めて着いたあの日のように「ふるさと」を口ずさむ。 その肩には松尾村の若者たちからプレゼントされた新しいショルダーバックが光っていた。 彼女の後姿が小さくなって行き、配役が上から出なく左から右へ流れていく。この横への動きは とても心地よく、安定した余韻がいつまでも残る流れだった。 河野さんは今、夕張の町の青年会の人たちと関わっている。あの炭鉱長屋は 「幸福の黄色いハンカチ」の勇作と光枝さんの家の近くかもしれない。 「幸福の黄色いハンカチ」が制作されたのはそれから2年後のことだ。 ところで、 山田監督はこの20年後の1995年に松尾村のことを想い、ある言葉を彼らのために寄せたと言う。 「松尾村の若者たちと一緒に汗を流して 映画「同胞」を作り上げた あの輝かしい思い出を、 僕と僕のスタッフは一生忘れないだろう。 山田洋次 」 私はもう一度言いたい。 誰がなんと言おうと私はあの映画が好きだ。 あの映画のスッタッフや出演者の方たちと同時代に生きる事ができたしあわせを今日もかみ締めている。 明日からタイのバンコクに出張します。バリに戻ってくるのは1週間後の4月2日です。 それゆえ3月25日から4月1日までは「寅次郎の日々」はお休みです。御了承ください。
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『寅次郎な日々』バックナンバー 超ユニークな河野秀子さん 3月23日「寅次郎な日々」その130
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『寅次郎な日々』バックナンバー 忘れられない『てつや君』のエピソード 3月22日「寅次郎な日々」その129
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『寅次郎な日々』バックナンバー 若菜さんの侮れない野球センス 3月21日「寅次郎な日々」その128
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『寅次郎な日々』バックナンバー ふじ子さんも同じく勇み足? 3月19日「寅次郎な日々」その127 魔性の女性大原麗子さんが、その美しさに磨きをかけて再登場したのが 第34作「寅次郎真実一路」である。 この時もなんと彼女は人妻の役。もちろんこの時はさすがに離婚はしない。 しかし、夫が失踪してしまうのである。 ふじ子さんは、いろいろ夫と縁があった寅と二人で夫を鹿児島まで探しに行くのだが、 夫が失踪して滅入っている彼女を寅がずっと励まし、慰める続けるのである。 もちろん心の中では人妻のふじ子さんを愛してしまっている自分がいるわけだ。 そして失踪した夫が死ぬことを考えてしまう恐ろしい自分と闘う、というシリアスな物語だ。 ただし、ふじ子さんも、夫がいるというのに寅に惚れてしまって…、という ことではなく、ひたすら寅を夫の友人、自分たちの恩人として考えているのだが、 鹿児島の宿で、変な噂が立たないようにすぐにふじ子さんの部屋から出てタクシーの 運転手の家に行こうとする寅を、「もう一部屋取ればいいじゃない」と、引きとめるシーンが ある。 その時ふじ子さんは「つまんない寅さん…」と言うのである。 これはどういう意味だろうか。 愛する夫が失踪し、息子を家に残して、半泣きで寅と一緒に探し回っている最中なんだから、 ある意味、「つまんない」のは当たり前で、そんなことをわざわざ中年独身男性に言うことは 状況から考えて不可思議だと言わざるを得ない。変な誤解をされる場合もある。 物語を『ちょっと危うい感じにしたい』という演出かもしれないが、これではふじ子さんの人格が 疑われるし、彼女の切実さや悲しみとのバランスも取れない。 大原麗子さんにああいう発言をさせてみたい、という欲求はとても痛いほど分かるが(^^;)ゞ ここは、ぐっ〜〜っと、その欲求を堪えて、 「どうして…?そんな遠慮しなくたっていいのに…、でもありがとう、気を使ってくださって…」 くらいのことを美しく演出したほうがよかったのではないだろうか。 ここは、あくまでも寅が一人で惚れてしまって七転八倒悩めばいいわけで、ふじ子さんは 未だ悲しみの中に埋没しているのが自然だなんて思うのは、ちょっと真面目すぎるでしょうか。 また明日
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『寅次郎な日々』バックナンバー 早苗さんの勇み足 3月19日「寅次郎な日々」その126 人は苦しい時悲しい時に他人に慰められると、ほんとうに嬉しいものだ。 ハイビスカスの花のリリーが一番いい例だが、寅次郎夢枕のお千代さんも 寅の優しさに泣いてしまった。 そして第22作「噂の寅次郎」で離婚をしてしまった早苗さんも寅の優しさに救われる のである。 寅はなんとか茶の間で早苗さんの心を和まそうとするのだが、例の如く全て 裏目に出る。 宝くじにドーンと当たった、空から一万円札がヒラヒラヒラヒラ落ちてきた、 、裏庭をちょっと掘ったら小判がザクザク出てきたと、わけのわからない 例えをする寅。 おばちゃんは下水工事で掘り返して水道管に穴あけてぐちゃぐちゃになった話。 それ明るくないって(^^;) 麒麟堂に双子ができた。とせっかくさくらが明るい話をしたのに、 タコ社長が、『離婚』という言葉を出してしまって没。(^^;) それでも満男が国語で100点取ったって喜んでいた博。 寅曰く「伯父さんに似たんだな」 その直後に理科の30点がバレて、博怒り心頭。 満男曰く『惨め〜』 おいちゃん曰く「伯父さんに似たか」(^^;) で、早苗さん自ら手を上げて 早苗「ハイ!明るい話題」 寅「ハイ、なんでしょう」 早苗「あのね、私の人生で寅さんに会ったってこと」 一同シ〜〜〜ン ここまではなんとかよかったのだが、 そのあと帰り際に、寅にこう言うのだ。 「あたし…寅さん好きよ!」 さくらの言うように、よほど、この夜の団欒がうれしかったのだろうが、 この発言には疑問が残る。 だいたい、いくら心を慰めてもらったとはいえ、この日は早苗さんが夫と離婚した ばかりなのだ。 これは間違っても「愛の告白」ではない。 あの第14作「寅次郎子守唄」で愛を告白する弥太郎青年の あの恋心とは異質のものである。 寅は齢四十を越えている独身の男である。 『寅に好意を持ちはじめた』くらいでいくら嬉しくてもちょっと言いすぎではないか、と 思ってしまうのである。ましてやあの魔性の大原麗子さんのあの目で言われると、 寅でなくても誤解をしてしまう(^^;) この早苗さんの『勇み足』が寅の恋を加速させ、結果的に悲しませてしまう ことにも繋がっていくのである。 しかし、実は早苗さんも寅のことを好きになりかけてたのかもしれない。 そしてその心を持ったまま別れが来るのがせめてもの救いかとも思った。 ラストでなにか言いたげだった早苗。 早苗「あたしね…」 寅「明日聞くよ、早く行かないと間にあわねえぞ、な」 寅はやっぱりカッコよくてそして哀しい…。 この物語の失恋は『得恋的失恋』の枠に入れてよいかもと思っている。 また明日
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『寅次郎な日々』バックナンバー 私の好きなポスター.ベスト4 3月18日「寅次郎な日々」その125 バリ島の私の部屋には第7作「奮闘篇」のポスターが大きく貼ってある。寅さん記念館に 売っているものの中で好きなポスターを選んで何枚かバリに持ってきたのだ。 この「奮闘篇」のポスターは48作品の中でも最も好きなポスターの一つだ。 寅の晴れやかな正面顔、さくらのいい表情、疾走する蒸気機関車。オーソドックスで 普遍的なポスターである。 男はつらいよのポスターは、みなさんご承知の通り『泥臭い』『どんくさい』 なんじゃこりゃっていうような変なポスターも時々ある(^^;) しかし、そのいかにも松竹的などんくささも実は、私はそんなに嫌いではない。 あれはあれでエキゾチックである。 結構カッコいいと評判の「たそがれ清兵衛」「隠し剣鬼の爪」のポスターは確かに目新しさを狙い、 お金もかけ、そして成功してもいるが、この後100年の歴史に文化的に耐えられるのは 意外にも「第7作奮闘篇」のオーソドックスなどんくさいポスターの方かもしれない。 「奮闘篇」以外のポスターでは第10作「寅次郎夢枕」のポスターも好きだ。夕暮れ時、 お千代さんが題経寺山門で雨宿りをする寅に傘を持って来てあげるカットがなんとも美しい。 第11作「寅次郎忘れな草」のポスターも大好き。寅の肩に頬を寄せるリリーの表情が 実にいいのだ。ポスターに書いてあるセリフがこれまた渋い。 『ほら、逢っている時はなんとも思わねえけど、別れた後で妙に思い出すひとがいますね。 …そういう女でしたよ、あれは』 「第15作寅次郎相合い傘」のポスターも、寅とリリーの表情が生き生きして弾けた感じでいい。 この二人が最も人生で華やいでいた時期の笑顔だ。 この4つのポスターが総合的にダントツ好き。 ポスターの中のセリフだけで言うと渋いのは「第9作柴又慕情」のポスターのセリフ 『ほら、見なよ、あの雲が誘うのよ。 ただそれだけのことよ』 それにしてもいつも思うことは、ポスターの中のさくらの写真はなぜああも可哀相な写り なのだろうか。まったく似ていない写りの顔が多く、しかも同じ写真を何度も使われていたりする。 さくら〜(TT) また明日 このページの上に戻る 最新のコラムはこちら
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『寅次郎な日々』バックナンバー すまけいさんの静かな凄み 3月17日「寅次郎な日々」その124
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『寅次郎な日々』バックナンバー 加納作次郎の言葉 3月16日「寅次郎な日々」その123 第29作「寅次郎あじさいの恋」で登場する加納作次郎は人間国宝になった今でも、いい茶碗が できないと悩み、日々制作を怠らない。 彼の言葉にこういうのがある。 「土に触ってるうちに自然に形が生まれてくるんや。 こんな形にしょうかぁ、あんな色にしょうか、てなこと、こりゃ頭で考えてんのとは違うんや、 自然に生まれてくるのを待つのや。な、けどー、その自然がなかなか難しい…」 「あのな、こんなええもん作りたいとかね、人に褒められようっていうような、あほなこと考えてるうちは、 フッ、ろくなもんはでけんわ」 「作るでない。これは掘り出すねや。 あー、土の中に美しい〜…もんがいてなあ…、 出してくれえ…、はよ出してくれえって…泣いてんねん」 この作次郎の言葉は、その昔、イタリア.ルネッサンス時代にミケランジェロが言った言葉と似ている。 『石の中にある神の作られた創造物を自分はノミを使って彫り出しているだけだ』と、言っていたそうだ。 加納作次郎の言葉の中でポイントは「その自然がなかなか難しい…」というところ。 自然に生まれてくるということは、ただ単に普通の生活をしていればいいということではない。 やはり土をいじり、こね、焼く。この繰り返しを謙虚な心を持ちながら日々続けていると、ふと偶然、 なにかのタイミングで、味わい深いこの世のものとは思えない美しいものができることもある。 しかし、作次郎も生身の人間。そうは言うものの、欲もあれば、お金も欲しい。口で言っていることと 実際の人生は微妙にずれるのである。 この矛盾を寅は面白おかしく暴いてしまう。 寅「なにやって儲けたおじいちゃん、あーあ…、茶碗焼いただけでこれだけの家は建たねえもんなあ、 なにか陰でこっそり悪いことしちゃって…、まあいいや。ね、いろいろあるからな、お互いに 言いたくねえことは。フフ…」 寅が帰った後で独り言のように 作次郎「キツイこと言いよる」 私が一番気に入っている作次郎の言葉がある。 寅に自分の「心持ち」として気に入っている「打薬窯変三彩碗」をあげるのだが、 弟子がそれを止めようとしたときの言葉、 「ええがなええがな…いずれは割れるもんや、焼きもんは」 彼は自分の職業を『陶芸家』と言わないで『焼き物師』と言う。いい言葉だ。 また明日 |
『寅次郎な日々』バックナンバー りつ子さんのスペイン遊学の財源 3月15日「寅次郎な日々」その122 私は長い間絵を描いて、売って生活をしているが、 このシリーズでも絵描きさんや絵描きさんの卵が3人出てくる。 第12作「私の寅さん」の柳りつ子さん、第17作「寅次郎夕焼け小焼け」の池ノ内青観 第37作「幸福の青い鳥」の倉田健吾君、である。 りつ子さんの発言「ほんとうに自分が気に入った作品というのは売りたくない、 気に入らない作品はますます売りたくない」という気持ちは、分かるな〜それ…、だ。 絵のことで悩んでいる彼らの姿も、分かる分かる。特に健吾君が才能の有無でヤケに なっているシーンなんか身につまされて他人事ではなかった。 ところで絵描きというのはまず儲からない。自信を持ってこれは言える (^^;)池ノ内青観なんていうのは、ほんの一握りだ。私ももちろんなかなか売れない。 絵だけでは完全には生活できないので、染織のデザインなどの内職もしてしのいでいる。 りつ子さんも、貧しかった。食べるものにも困っている感じだった。彼女が美人なので くっついてくる一条というスケベな画商がいたが、彼女は彼をとても嫌がっていたので彼に 絵を託すのを迷っているようだった。 あのシーンを見て、『その肩に置いた手をのけろよな一条〜!(▼▼メ)』って思っていたのは 私だけではあるまい(^^;) 時々兄の文彦がお金を数万円置いていってくれるので、なんとか生活ができているという状態。 寅は、りつ子さんを励まし、フランスパン(バケット)をおごってあげたりしていたので、 「寅さんは私のパトロン」と心から感謝していた。 それで、題名が「私の寅さん」なのだ。 ところで、ラストで突然りつ子さんは、スペインに旅立ってしまう。理由は絵の勉強に行くということ。 りつ子さんはそうとうお金には困っていたはずである。それにもかかわらずなぜ、日本円がまだまだ 国際的には相当安い1973年にスペインに、それも長期の絵の勉強に行けたのだろう。 確かにスペインはフランスなどと比べると物価は安いが飛行機代やホテル代はそんなに安くない。 ましてや長期滞在となると、そうとうの出費がかさむ。事前に絵を2枚や3枚売っただけではできないことだ。 もし旅行を続けたり、学校に入ったりとなると特別の出費も出てくる。 考えられる一番のお金の出どことしては、 @一条以外の人でりつ子さんの絵を応援してくれている理解のある画商がいて絵を相当の枚数 預かってくれて、かつ、半分くらい先払いしてくれた。 A父親から譲り受けたりつ子さんの住んでる土地を担保に銀行からお金を借りた。もしくは土地を 売ってしまった。(文彦も承諾) B一条にしかたなく絵をまとまった枚数売った。りつ子さんさえ、割り切って我慢すればこれは可能なこと。 (しかし後にややこしいことになる可能性がある) 以上3つのどれかかな?と思う。私だったらもちろん@がベスト。Aは借りたお金を返すのが難しいかな、 とも思う。土地を売ったとしたらそれはさすがに哀しいな…、って思う。 Bは一番可能性が高い。しかし、一条が見返りを期待するかもしれないのであとでいやなことがおこるかも…。 りつ子さんもそれは十分知っているだろうからなるべくなら避けたいところだとは思うが…。 しかし、まあ考えてみれば一条もあの映画を観ている限りではそんなに酷い人間とも思えないので、 意外に絵描きとしてもきちんと考えてくれて、彼女に本気で投資する気持ちで行動している部分も 多いのかもしれない。 もしそうだとしたら、りつ子さんにとって一条は大切な仕事のパートナーだ。 絵を続けていく上で大切にしなくてはいけない人かもしれない。 また明日 |
『寅次郎な日々』バックナンバー おばちゃんの子守唄 3月14日「寅次郎な日々」その121 車竜造、車つね夫妻には残念ながら子供がいない。 もし、子供がいたら、さくらや寅はとらやで自分の故郷の家ようには 振舞えなかっただろう。 おいちゃんとおばちゃんには申し訳ないが寅とさくらにとってとらやの状況は とても幸いだったといえるだろう。 それでも、おいちゃんやおばちゃんたちにとっては、やはり子供が 欲しかったのは事実だったようだ。 第14作「寅次郎子守唄」でのおばちゃんの行動はそのことを表している。 おばちゃんは寅が九州からおぶって連れて来た赤ん坊をとても可愛がって大切に育てていた。 赤ん坊がとらやにやって来たことで、おばちゃんは生き生きした表情になり、 毎日にハリがある感じだった。 おばちゃん「よしよしよし、お前はどこにもやりゃしないよ。おばあちゃんが、 ちゃ〜んと育ててやるからね」 社長「おばちゃん、かわいいかい?」 さくら「とっても懐いているのよ」 社長「なにしろ、このおばちゃん、子どもができなかったんだからな」 おいちゃん、そっとおばちゃんを見る。 人生の機微を感じる隠れた名シーンだった。 そして、ある日、赤ん坊の父親と佐賀の呼子の踊り子が引き取りに来る。 その時おばちゃんは、自分のお腹を痛めた子供のように赤ん坊を渡したくない気持ちに なってしまうのだった。 でも、結局は泣く泣く渡してしまう。 その晩、天井から吊るしているガラガラがまだ釣り下がっている部屋で 目を潤ませながら、悲しげにオシメを片付けながら泣いてしまうのだった。 第14作は『寅次郎子守唄』だが、もうひとつの物語『おばちゃんの子守唄』でもある。 また明日 |
『寅次郎な日々』バックナンバー 三彩茶碗とエメラルドの指輪 3月13日「寅次郎な日々」その120 寅は、年中旅暮らしで、財布の中身も空っぽに近いので 財産と思われるものはなにも持っていない。 とらやの土地はいずれ寅とさくらが名義上は所有するのかもしれないが、 寅のことだから、そんなものは全部さくらや博や満男にやってしまうに 違いない。 だから、寅の持ち物はあのカバンだけである。 しかし、実を言うと寅は2つの『宝物』を持っている。 さくらの言うような「人を愛する心」という類のものは 今回は横に置いておいて、純粋に金銭的に価値のあるものである。 @打薬窯変三彩碗(うちぐすりようへんさんさい) 京都で寅にいろいろ世話になって寅を気に入った人間国宝 加納作次郎が寅に土産代わりにくれた茶碗。 人間国宝の力作だということで何百万もするだろう。 タコ社長はタバコの吸殻入れに使っていた(^^;) 博は、一応目にとめて「いい茶碗だなあ…」なんてこと言っていたが、 さくらが寅の土産だと言うと、「なんだ…」と急に興味を無くしていた。 さくらはこの作品で、陶芸教室に通っていたが、その時 「加納作次郎の作品が好き」なんて内容のこと言ってたくせに、 全く興味を示さなかったのがちょっと哀しいところ。 弟子が借りに来て、ようやく本物だとわかり、はじめてマジマジと 「これが本物の加納作次郎…」なんて呟きながら鑑賞しているのが これまた可笑しくも哀しいところ。 Aエメラルドの指輪 佐渡島でお世話になり、寅との思い出を大切にしたかった京はるみが、 別れ際に自分のはめていた指輪を寅に渡す。 おばちゃんは、本物じゃないの?っていうようなこと言ってたけど、さくらは 全く信用しようとしなかった。 で、このような高価なものを所有していたとはいえ、ほんものだとわかったからには、 きちんと本人の元に返しに行くのがさくらの立派なところ。 いわれのない過剰な贈り物や現金を受け取らないのは、第17作「夕焼け小焼け」で 青観の絵を売ったお金である7万円を、わざわざ自宅まで帰しに行ったことでわかると いうもの。 たぶん… さくらは「打薬窯変三彩碗」は加納作次郎に返したと思う。だいたい寅はこんなものに何の興味も ないだろうし、こんな文化遺産のようなもの持っていたって負担になるだけだし…、扱いに困るし…。 作次郎が受け取らない場合は、作次郎ゆかりの美術館あたりに寄付したかも。 エメラルドの指輪は…難しいところ…。ちゃっかりさくらがお出かけの時にしてたりして(^^) それはそれでいいとも思う。少なくとも京はるみにとっては喜んで使ってくれた方が冥利だろう。 例の三彩茶碗だって、さくらたちが月に何度か抹茶なんかを飲む時に気楽に使ったってほんとうは いいのかもしれない。茶碗とはそもそもそういうものだと思う。日常で使ってこそ道具は生きるのだ。 作次郎は本当はそれを望んでいることは間違いないのだから。 また明日 |
『寅次郎な日々』バックナンバー ふみさんの最後の涙 3月12日「寅次郎な日々」その119 第27作「浪花の恋の寅次郎」から吉岡秀隆さんは登場する。最初にして すでに堂々たる俳優ぶりだ。 特にふみさんがとらやに最後訪ねてきて、寅の前で、「結婚するんです」と告げた 時、満男は子供だからと仏間に追いやられてしまう。 その時のすねた満男のセリフ 「結婚するんです…」は実に印象深いセリフだった。 おいちゃんの微妙なリアクションも笑える。 駄目押しは「まことさんってなあに?」(^^;) それにしてもだ。 ふみさんは瀬戸内海の小島で寅に始めてあった時以来、寅を気に入り、大阪での 物語の中で、寅を男性として意識しているのは誰の目にも分かるように演出されている。 そして弟の死を聞かされて、どん底に突き落とされるふみさん。 そんなギリギリの心を持って寅の逗留している新世界ホテルに行き、寅の胸で 泣くのである。好きな気を許した男性にしかこんなことはできない。 そして、寅はいつものように『臨界点』に達し、逃げるように大阪を立ち去るのである。 理由も毎回の「自信のなさ」と「窮屈さからの逃避」 とは言うものの、とらやに戻った寅はいつものパターンだとはいえ、心がふたつに引き裂かれ、 ふみさんを諦めきれないでいる。このへんはいつもながら歯がゆく、情けない。 その間に、ふみさんの人生が激変する。 かつて好きな男性(寅)がいた。しかし、寅は逃げた。 それで、自分を前々から慕ってくれる別の男性に自分の人生を預けてみようと決意した。 そういう場合、かつて自分が好きだった男性にそのことを報告しにいくだろうか? たとえば、寅と結婚の約束をしていたのに、キャンセルしたいのなら、もちろん直接会って話をするだろう。 また、第48作の泉ちゃんのように、満男の思いを確かめるために、最近した見合いのことを伝えに 言ったのなら、そういう女ごころはわかる。満男にそんな見合いの話は断って、自分と結婚して欲しい と、言われたい…。つまり満男に愛を告白して欲しい。ということだろう。 しかし、ふみさんの場合はまったく見当がつかない。 もし、ふみさんが寅のことを男性として好きでなく、親切な恩人とだけしか思っていなければ、 すべての辻褄が合う。しかしふみさんは寅に対して男性を意識していたと私は思う。そうでないと 男性の部屋に来てその膝で寝ようなんてしない。十八の純情娘ではないのだから。 そうなると、結婚を決意したふみさんはなぜ寅の元に報告にきたのだろうか…。 忘れな草のリリーがラストで結婚した時、寅にそんな報告はしていない。ハガキ1本そっと出しただけ。 まだ恋心があればあるほど会うと心が揺らぐはず。 寅は言う「わざわざ来ることなかったんだよ、こんなとこまで…。ハガキ1本だしゃすむこと じゃないか。こっちの気持ちにもなってくれって言うんだよ。こんな惨めな気分に させられてよ…」 ひょっとして、ふみさんはまさか自分がそんなに惚れられているとは思っていなかったのかもしれない。 もしかしたら、ふみさんは寅が自分のことなんか好きでないと思っていたのかもしれない。 可哀想な自分を親身になって手伝ってくれたが、自分のことは友人としか思っていなかった。 だからこそあの夜、自分を一人部屋に残して寅は去ってしまったのだ…、と。自分は好きだったけど…。 そうだとすれば、とらやに報告にきた意味が少しはわかる…ような気がしないでもない。でもやっぱり わからないかな…(^^;)。 そしてあのラストの対馬でのふみさんの涙はなんなのだろう。 あの涙は本当に心から好きだった男性に見せた最後の涙だったと思いたい。 また明日 |
『寅次郎な日々』バックナンバー 諏訪家と黒板家 3月11日「寅次郎な日々」その118 昨日久しぶりに『隠し剣鬼の爪』を見た。バリ島なのでもちろん映画館でなくDVD。 息子が見ていたのでチラチラっと私も見てしまった。 冒頭に近いシーンで倍賞千恵子さんと吉岡秀隆さんが永瀬さん、松さん、 田畑さんたちと一緒に囲炉裏を囲んで大笑いするシーンがあるのだが、 私はあのシーンが大好きなのだ。 理由は単純。倍賞さんと吉岡さんが同じ場所で食事をしながら会話しているからだ。 さくらと満男を思い出し、遠くは『遥かなる山の呼び声』の民子と武志を思い出してしまう。 何日か前にも書いたが、吉岡秀隆さんには二つの大河が流れていて、一つが「男はつらいよ」で、 もう一つが「北の国から」だ。二つ共に少年期から結婚まで彼の人生と同時進行で物語が進んで いったのだ。 だから吉岡秀隆さんには実際のご両親以外に、あと二組両親がいる。 『諏訪 博、さくら 』と 『黒板 五郎、令子』だ。 で、ご存知の通り「男はつらいよ」でもなんと五郎さんや令子さんと 共演しているのだ。 第29作「寅次郎あじさいの恋」で死んだはずのお母さんの 黒板令子さんとあじさい寺で、再会している(^^;) お父さんの黒板五郎さんとは第48作「寅次郎紅の花」で奄美大島で再会している。 もっともお父さんから彼が自殺するんじゃないかとずっと警戒されてはいたが(^^;) この再会の後もまだまだ純と五郎さんとのドラマは2002年まで続いていく。 その他、中畑のおじさん、雪子おばさん、広介、アイコ、あたりとも吉岡さんは 「男はつらいよ」の中で再会しているのである。 その度に私はニヤニヤしている。 実は…、なにを隠そう私は「北の国から」の大ファンなのである。「北の国から」は 「男はつらいよ」同様、見た人の好き嫌いが激しいドラマなので、なかなか辛いものが あるが、いいものはいいのだと心からキッパリ思っている。 この「北の国から」も昨日の私の意見通りいえば、長い長い1本のドラマと言えるだろう。 実に見ごたえのある穴のないドラマだった。テレビドラマの脆弱さはここにはない。 しかしテレビならではのスカッとしたテンポのいいフットワーク部分をきちんと意識しているのが さすがだなって思うのだ。 また明日 |
『寅次郎な日々』バックナンバー 吉田日出子さんの思ったこと 3月10日「寅次郎な日々」その117 このシリーズも第40作を越えるあたりから次第に渥美さんの体調がすぐれなくなり、平行して マドンナとの物語が弱くなっていく。特にそれが顕著に現れるのが第42作、第43作、第44作、 あたりだ。この3作に関してはマドンナ不在の感が若干ある。 その代わりに、若い満男と泉ちゃんの青春の物語が始まっていくのである。 しかし、以前も書いたとおり、それでもやはり満男と泉ちゃんはサブであってやはり寅とマドンナの 哀しい恋の物語がこのシリーズの核なのは言うまでもない。 満男と泉ちゃんでは若い観客が入るかもしれないが、それでは作品足り得ないのである。 特に第44作「寅次郎の告白」はあの吉田日出子さんという稀有の役者魂を持った俳優を 起用しながらも、彼女を十分には生かしきれていなかった。 こんなもったいないことはない。あの人が放つオーラは、良質の物語の中でさぞかし輝きを 放つことは他の作品の演技を見ていれば分かる。 彼女は自分のエッセイの中でこの時の出演のことをこう書いている。 『台本を読んでもこの聖子さんというのはどういう人かぜんぜん分からない。 「寅さん」の台本って、山田洋次さんの頭の中にあるものを書いてあるだけだから、何通りにも 読めるんだけど、どうしたら一番いいのかがわからない。 「だったらまず、監督の話を聞いてみよう」聞きに行った。話をして、それでも分からない』 結局、吉田日出子さんは出演し、映画封切りの時に映画館に観に行く。そして自分の絡みの部分に 物足りなさを感じ、「うーん、つまらなかった」と言ってしまうのである。 そしてこうも言う 「今は昔の寅さんと違って、作品の中に話が2つくらいしかなくて、それもとってつけたような話だから、 寅さんまでとってつけたような人になっちゃう。これじゃ、芝居ができないだろうなあ…、とわたしなんかは 思うんだけど、でも渥美さんは台本に素直にやっちゃうでしょ。不思議だなあ、どうしてもっと やっちゃわないんだろうと思った。…… でも渥美さんは手を抜いてるんじゃないのよ。あんなに映画のことをよく分かっている人が台本に注文を つけたりしないで大きな流れに身を任せてやっていく。 それもまた格好いいなあって…」 倍賞さんが、かつて言っていたように渥美さんは長い長い一本の映画に出演し続けているのだろう。 それゆえ大きな流れのなかの今はもう最後の静かなゆったりとした意識の中で山田監督を信じながら 自分の体調の内で出来うることを粛々と演じていたのかもしれない。 私は昨日も書いたが、初期の、つまり青春期の「男はつらいよ」と十作台の壮年期の渋くて素敵な 「男はつらいよ」とが大好きだ。ひとつひとつの作品をそれぞれ何十回と見ていると思うが、後半の膨大な 量の老年期の「男はつらいよ」もかなり好きで、見る回数は実はそんなに変わらないのである。 それは、倍賞さんや吉田日出子さんが言うように、大きな流れの中のゆったりとした長い黄昏に身を任せ ながら、繰り返し淡い恋をしてゆく寅がやはり渋く、格好いいからなのだと思う。 このシリーズはこのような見方が許される数少ない映画だと私は思っている。映画評論家のみなさんは このような見方は許されるはずもない。1作品1作品をしっかり批評しなくてはならない。仕事だからである。 私は一ファンだからこの見方が許される。 「男はつらいよ」はたった一本の長い長い映画である。それゆえ人間と同じくその流れの中で青春期があり、 壮年期があり、そして最も時間的には長い老年期の黄昏があるのだ。 人生は歴史であり、トータルであるのと同じく、このシリーズの晩年も一見、そこだけを見ると、ただ止まって いるように見えても、大きな流れのなかで見るとゆっくりと流れていくのが見える。 そうだからこそ、あの一見正視できないような悲しい渥美さんが登場する最後の第48作が、大きな流れの中で、 大きな光に包まれて静かに淡く輝き始めるのだろう。 また明日 |
『寅次郎な日々』バックナンバー 青春期の『男はつらいよ』 3月9日「寅次郎な日々」その116 第1作「男はつらいよ」と第5作「望郷篇」はある共通点がある。 山田監督も渥美さんも純粋にこれで「男はつらいよ」は最後かもしれない と思っている点だ。 それに対して、第6作「純情篇」や第8作「寅次郎恋歌」はこれからシリーズ化 を図るという気構えのもとに未来を見据えて大掛かりで作っているのがよく分かる。 どこかしら手堅く、感動場所をかなり意識したようにも見えなくもない。もちろんだからこそ 安定感があり、物語的にも充実し、安心してみていられるとはいえるのだが。 寅自体も第6作以降徐々にスマートに描かれている。 キャストの面においても、第6作では若尾文子、森繁久弥、 第8作でも池内淳子、第9作では吉永小百合と相当豪華な顔ぶれだ。もちろん松竹の宣伝の 仕方も変わって行く。 そういう意味では大騒ぎ以前、つまり『夜明け前』の第1作と第5作のみずみずしさは大変なものだ。 前にも書いたが、第1作は、これが最初で最後の映画化だと間違いなく全員思っていた。制作自体が 危ぶまれるほど、会社側もギリギリの承諾だった。それゆえいろんな話を盛りだくさんにし、しかしそれが 実にテンポ良くエネルギッシュに運んでいくのである。想いが全て一点に込められているからなのだ。 第5作も前半で第1作のあの活気とテンポが蘇り、後半では当時まだ漁師町だった浦安を舞台に、 山田監督は、まるで今までの気持ちの整理をするようにテレビドラマの『男はつらいよ』のキャストたちを 使って、もう一つの寅の心の置き所を作っている。そこに山田監督の余計な気負いは感じられない。 一期一会の集中力さえ感じられる。 このあたりの時期は他の作品と制作がダブっているのでとても早くワーッっと作っているにもかかわらず、 雑な演出はない。よほどスタッフ、キャストともに気力が充実していたのであろう。みんな紛れもなく青春だったのだ。 このように第1作同様、この第5作は最も「男はつらいよ」らしい作品になりえている。青春期の山田洋次、 渥美清の最後の純粋なキラメキがあったようにも思える。シリーズ化がどうの、国民的人気を獲得するか どうか…なんてことをまだ考えずに制作できた稀有の時期だったのではないだろうか。 それらの間にある作品、第2作「続男はつらいよ」も脚本をテレビ版からかなり拝借したとは言え、密度の濃い、 起承転結のしっかりした動きのある作品に仕上がっている。 次の第3作「フーテンの寅」も、渥美清という俳優のもう一つの顔を浮き彫りにする生々しい演出で 森崎東監督の心意気が伺えるこれまた純粋な輝いた作品である。 第4作「新男はつらいよ」もテレビ版の持っていた下町情緒的な、温かい人間模様が繰り広げられ、 松竹幹部側の低予算短期間制作指示のきついハンデを乗り越えて『男はつらいよの原点』ともいえる空気を 存分に漂わせていた。テレビ版に深く携ってきた小林俊一監督ならではの、味わい深い佳作になっている。 そういう意味では、時間も予算もなく大忙しだったとはいえ、スタッフもキャストももっとも燃え、最も純粋に 映画作りに没頭したのが超短期間で作ったこの5作品ともいえる。 この5作品を見ていると、よそゆきの上着を着る前の赤裸々なダボシャツとステテコ姿の寅が目をギラギラさせて スクリーンから飛び出してきそうだ。 第8作「寅次郎恋歌」以降第18作「寅次郎純情詩集」までのの成熟したスマートな大傑作群を見ていると壮年期の大人の 魅力に溢れていてホレボレするが、青春期というものはそれとは別に、かけがえのない澄んだ輝きに満ち溢れ、それは いつまでも眩しくいとおしいものなのだ。 また明日 |
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